第3話 下

「絞め技はいくら根性で堪えてもだめだから危なかったら早めにタップしなきゃ。前島さん。練習は何回まいったしてもいいですから。寝技は詰将棋みたいなもんで、日々やればやるほど強くなります。この道場で身になると思ったらいつでも練習に来てください。うちの生徒はプロレス好きが多いから、前島さんが来てみんな喜んでいますし、体の大きい人と練習すると彼らも自信になりますから。あとは、プロレスラーは切れる刀をつねに持ち、いつ何時でも戦えるよう磨いておかなければいけませんね。頑張って下さい」

と異様に発達した前島のスイカのような肩をポンと叩いた。

「ありがとうございます。押忍」

というと、前島はまたスパーリングに戻った。締められた喉は治った様子で、乱れた道着と帯を正し、大きく息を吐き、ギュッと両脇を締める動作をして、先程絞め落とされそうになった大滝と再度組み合った。

 大滝は早々と下のポジションになり相手を引き込む寝技を仕掛ける。両足の膝から下の関節が別の生き物のようで右回り左回りとぐるぐる回転している。水泳の古式泳法で立ち泳ぎをする足の動作を想像していただくとわかりやすい。その柔術特有の柔らかい脚使いで相手と向き合い下になってコントロールする。相手の腿、膝や脹脛を縦横無尽に押したり引いたり引っ掛けたりするので相手は重心が常に変化し翻弄させられる。そして隙があれば絡みつき、腰あたりに体をピタリと摺り寄り密着し、サイドからバックに移動しようとする。柔術では下からの攻めが卓越した柔術家を「足が効く」という。大滝も下から攻撃を仕掛けるタイプの柔術家であり、足が充分効いていて、下になっても上から抑え込まれることはほとんどない。常に背中を鉄球のようにまるめ、体を真っ直ぐ平らに伸ばすことはできず、押さえ込むことが非常に難しい。また襟を掴んできたり袖を掴んで、隙あれば下から転じて上の優位なポジションを狙ってくるのである。

 

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