第2話 餌

「ゲホッググッ」

 頸動脈の絞め技が形を成した時、かけられた側はいくら我慢しても時はすでに遅しである。まいったという声を出す暇はなく意識が遠のいていく。

 更衣室から移動して、鏡圭一が道場のドアを開けると二人の男の寝技スパーリングが行なわれていた。肩幅のやけに大きい男が上になっているようだ。2人とも道着を上だけ着用していた。上になった大きめな男は道着のサイズが小さいものを借りて着てしまったのか、道着が体に密着フィットしており肉厚な筋肉が道着の下に隠されているのがわかる。がっしりとした体型の襟から見える首はタイヤのように分厚く、パツパツに道着を着こなし強そうである。相手の上になり優位に押さえ込んでいる様子ではあるが、なぜか青ざめた顔で大量の汗をかき、肩で周りの酸素を掻き集めるように大きく揺らし息をしていた。今まさにこの大きな男の方が下の小柄な男に息を止められ落ちる寸前であった様子がありありと見えた。

「ゲホッ。おっ大滝さん。ずるいよ。餌まいたでしょ」

と上の体つきのよい男は締められた喉を摩りながら言った。

「ごめんごめん入りすぎたかな」

「餌?そりゃ。プロレスラー相手だもん。怖いから、いくつもまくよ」

技を解き。そのままのあぐらをかいたリラックスした状態で下になっていた大滝恭兵は答えた。

「やっぱりなーあんな技しらないからーどうやって締められたかさっぱりですよー」

プロレスラーと呼ばれた男は。まだ喉をおさえ、ぜーはーと息を整えていた。

 この体躯の良い男は、プロレス団体ジェットストリームの若手レスラー、前島ミツルである。団体ではジュニアヘビー級と呼ばれるプロレス階級で、ボクシングでいえばライトヘビー級というヘビー級の下の階級でプロとしては2戦2勝の好成績をおさめていた。2人は更衣室から現れた男に気がついた。

 プロレスラーの前島は圭一の前にすぐかけより

「今日も稽古つけていただいています。ありがとうございます。押忍」

と空手の十字を切るポーズをした。



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