カーニバルレスリング
田中鯱
第1話 唸
誰の声かはわからない。瞬間的な痛みではなく徐々に痛みが込み上げてくる、そんな苦しみの唸り声が更衣室に居る私の部屋にかすかに聞こえてくる。
隣の部屋ではみっちりと寝技の練習が行われているようだ。
ん?たしか。今日は
最近道場に顔を出すようになったプロレスラーが出稽古でうちに来ている日であったことを思い出した。
プロレスはお客を相手に常に見られることを意識し観客を魅了する、派手な投げ技や飛び技の他に、地味な寝技や関節技もプロレスは合わせ持つエンターテイメントであるが、この関節技を好んで身につけるレスラーが少数派ながら現存している。プロレスラーは一人一人が独自の試合スタイルを模索し試合を組み立てる。その技術の中で関節技を備え持つことは見た目は地味ではあるが、その殺傷能力が本物の強さの基盤になるため目の肥えた玄人客を惹きつける魅力がある。昔からプロレスラーになるための教えでは関節技は必須事項となっており、新人レスラーはデビュー前から道場の練習で派手な技を覚える前にこの関節技を嫌というほど先輩レスラーに叩き込まれている。リング上での寝技の攻防は取っ組み合いのようにも見え華々しさはない。攻防は押さえ込みと押さえ込まれる場面があり、寝技を何度も行うと自身の耳はマットに擦れることで鬱血を起こし大きく腫れ上がる。この鬱血した腫れを血抜きせず放っておくと、耳が固く変形し、もとの形状には戻らなくなる。いわゆるカリフラワーと呼ばれる現象だ柔道ではタコ耳という。これはある意味レスリングか寝技を一定行っている名誉の証でもある。
その耳の潰れた、嫌というほど関節技を身につけてきたプロレスラーがなぜうちの格闘技道場に出稽古にこなければならないかと疑問に思うであろう。理由はあの唸り声にある。
きっととなりの部屋で苦悶の声を出しているのは、たぶんそのプロレスラーである。
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