第三章➀ 深淵に眠る真実

 第一発見者は使用人のシエルだった。


 今朝、朝食を持って行ったらベッドに倒れているカーマインを発見したのだ。


 死体はブリューと同じく火炎魔法による損傷を受けていた。


 そして彼がブリュー殺害犯であるという証拠も発見された。


 ブリューの消失していた左手がカーマインの死体の横に落ちていたのだ。これら事実からカーマインはブリュー殺害後左手を持ち去り、何らかの事情により自殺したという事件の顛末が示された。自殺だと判断されたのは店主が夕食を運んだ昨夜二十時に彼の生存を確認してから現場は密室状態であったため他殺は不可能だったためだ。


 そしてヘザーには苦い事実であるが見つかったブリューの左手の親指には髑髏の指輪が光っていた。これによりブリュー=賞金首という事実が否応なく証明されたのは必然だった。


「これは陰謀だ! そんなわけないであろう! 第一、何故あの黒魔導士は自殺したの!?」


 賞金首を倒して自殺する理由は何だったのか。


 一同の関心は徐々にここから如何にして脱出するかに向いているが、それでも生き残ったロンデル、ティアリス、モック、ヘザーら冒険者たちはこの謎について脱出の糸口を見つけながら思考を巡らせている。


「あの白魔導士には気をつけろ」


 宿屋二階の廊下で手がかりを集めていたロンデルはすれ違いざまにモックにそう言われ、振り返る。


「おい、どういう意味だ?」


 攻撃魔法の使い手がいなくなったことで宿屋を覆っていた薄気味悪い霧の一部が晴れ、比較的自由に皆が行動し始めたので早速ロンデルは事件について調べていたのだ。まるで探偵である。ティアリスも違う場所を調べている。


「昨日、俺が全員の所持品を判明させたのは覚えているな?」


 頷くロンデル。


「その時、あの白魔導士の所持品の中に白魔導士が持ち歩かないものが入っていたんだ。詳細はわからない。ただ武器であることは間違いない」


「武器?」


 怪訝な表情を浮かべるロンデルにモックが追い打ちをかける。


「……攻撃魔法を使用できる杖だったりしてな」


「なっ!」


 杖の中には道具として使用するとその杖に応じた魔法を唱えることが出来るものがある。例えば氷結系の杖ならジョブ関係なく誰でも氷結魔法が唱えられるのだ。強さは本職の足元にも及ばないが。


 ロンデルは勿論そんなことはないと思っている。


 ティアリスがそんな杖を持っているなんて聞いていないし、仮にダンジョンで入手したとしたら目撃している筈である。あんなに金にうるさい彼女だ、まさか自腹はたいて買う訳もない。ありえない……ありえない……。


「杖なら……白魔導士が持ち歩く可能性はあるだろう?」


 疑心暗鬼の中で懸命に言葉を手繰り寄せるロンデル。額をじっとりとした汗が覆う。


「確かにそうだな。いずれにせよ、注意することだ」


 立ち去りかけたモックに反撃とロンデルは言い放つ。


「それを言うならモック、お前だって――」


 モックは翻しロンデルを見据える。マントの陰から飛び道具が顔を覗かせる被害妄想を振り払いロンデルは続ける。


「道具にも魔法と同じ効果があるアイテムは存在するよな?」


「ああ。あるな」


「今回の殺人事件、それが使われたとしたら? お前の所持品を俺は知らない。火炎系の魔法アイテムがあればお前にも犯行は可能だ。ましてやお前はシーフ……鍵開けだってお手の物――」


「ははっ、良い推理だ」


 モックはロンデルの主張を最後まで聞かず反論する。


「確かにそうだな。しかし、それはない。あれは確実に魔法使いによる魔法での犯行だ」


「何故言い切れる?」


「痕跡だ」


 モック曰く、魔法と道具での魔法――疑似魔法とよぶ――には使用後の痕跡に差があるのだそうだ。疑似魔法は魔法を真似たものなので、同じ痕跡にはならないという。


 シーフとして数々のアイテムを扱ってきた彼だからわかることだ。それによると今回の現場の痕跡は確実に魔法によるものだという。


「また何か浮かんだら聞かせてくれ。参考程度にはなるかもしれんからな」


 そう言い残し、モックは未使用の部屋へ入る。


 ティアリスへの疑念は確実にロンデルの中で根を張ったのであった。


「あ、ロンデルさん! 何か食べます?」


 食堂へ行くとシエルが出迎えてくれた。ロンデルが頷くと厨房からパンと牛乳の朝食セットを持ってきてくれた。


「ほんとうに、この度はご迷惑を」


「いえいえ。宿屋も大変ですよね」


 殺人事件に閉ざされた扉……二重の災難が今、ここ『魔法の宿屋』を襲っている。文字通りの宿屋になってしまったわけだ。


「ミリアンさんは?」


「ミリアンは厨房で食品の在庫チェックなどを」


 ちなみにマクガーソンはオーナー室で事務作業などをしているらしい。少し話が出来ないか提案してみると、構わないとのことだった。


 ロンデルは朝食を終えるとシエルの案内でカウンター裏にあるオーナー室へ向かった。


「なんだ?」


 部屋へ入るや否や、マクガーソンは低い声でそう言った。


「少し話いいですか?」


「少しならな」


 部屋は狭く散らかっていた。


 応接用机の上に書類が積まれ、マクガーソンのデスクも同様の有様だった。


 天井近くの小さな窓から辛うじて差し込む朝日が部屋を斜めに横切っている。仮にあれが壊せたとしても通り抜けることができないな、とロンデルはぼんやり考えた。


「オーナーが夕食を持って行った時のカーマインの様子はどんな感じでしたか?」


 マクガーソンは右親指の根元を揉みながら言う。


「意気消沈していたぜ。演技だけは上手かったなあ」


 マクガーソンはカーマインが犯人だと思っている。彼が自殺するとしたらどんな理由が考えられるか訊いてみると、興味なさそうな返答だった。


「知らねえさ、そんなこと。首取って罪の意識かなんか芽生えたんじゃねえか?」


「はは、確かに」


 部屋の圧迫感に負け、ロンデルは早めに部屋を辞することにした。


「おい」


 ドアを開けたロンデルの背中にマクガーソンは言う。


「もう殺人事件は終わったことだ。今は一刻も早くこの宿を覆う魔法を解かねばならん。他の奴らにも伝えておけ。お前らの力を借りたい」


「わかりました」


 ロンデルは何かを確信したように大きく頷き部屋を後にする。


 ティアリスへの疑念を持ち続けていたロンデルは彼女にその旨を訊いてみようと姿を探すも見当たらなかった。


「ティアリス……?」


 この狭い閉鎖空間。


 姿を消した相棒。


 嫌な想像がどろりと頭の中を埋め尽くす。


 部屋を覗くも見当たらず、焦りで膝が震えそうになったとき、二階廊下の行き止まりでモックを見つけた。彼はロンデルに背を向け立ち尽くしている。


 ロンデルはモックに駆け寄る。事情を話すと彼はうんうんと二度頷いた。その意味を理解しかねているロンデルに続ける。


「この宿屋……何かにおうぞ」


「におう?」


「ああ……これを見ろ」


 そう言ってモックは行き止まりの壁にかけられた絵画を顎で示す。


 それは幻想的な世界をバックに一組の男女が向かい合う場面を描いていた。空には大きな龍が泳ぎ、女性の周囲には妖精のような生き物が浮いている。男性の近くの地面には大きな剣が突き刺さっている。


 この絵がどうかしたのかと問うと、モックは声を小さくし言った。


「……この奥から風を感じる」


 唖然とするロンデルを尻目にモックは慣れた手つきで絵画を調べ始める。


「ビンゴだ」


 そして裏に隠されていたレバーを引くと、壁の一部がスライドした。


 先は薄暗く奥までは見通すことが出来ない。屈めばようやく通れるくらいの狭い入口だ。


「隠し通路?」


 驚くロンデルは入口を凝視している。モックは職業病なのか躊躇なく屈んで奥へ進んでいく。ごくりと唾を飲み込み後を追う覚悟をするロンデルの背中にかかる声があった。


「……お前、何しているのだ?」


 慌てて振り向くと、ヘザーが身構えるようにして立っている。


 今にも手にした槍を向けかねないと判断したロンデルは事情を説明する。


「そういうことなら私も行こう」


 ロンデルとヘザーは自身の装備を確認し、先に入ったモックの後を追って隠し通路へ足を踏み入れた。


 隠し通路は中から閉められるようになっていたので、最後尾のヘザーが閉めた。床には何度も擦れた跡があるので何度も開閉されたことは間違いない。

少し進むと下へ続く階段に繋がっていた。


 お粗末な裸電球に照らされた階段は見づらく何度も踏み外しそうになりながら降りていくと、大きな広間に出た。どうやら地下室らしい。


 地下室に降り立ったロンデルの前に靄がかった人影がいて驚いたが、モックの後ろ姿だった。彼のマントはほぼこの空間に同化している。


「地下室か?」


「……ただの地下室ならいいんだが」


 食堂より少し広い空間に、扉が一つだけある。部屋の隅には大きな袋がいくつも積まれている。


「……暗くて見えないな」


「明かりがどこかにあるかもしれない」


「私、見てくるよ――」


 ヘザーが明かりを見つけるより早く、地下室は眩い光に照らされた。


 三人は突然の明転に一瞬視界が遮られるも、部屋に響いた太い声を聞き逃さなかった。


「こんなところでなにしてる?」


 声のした方、地下室への入口付近にマクガーソンが立っている。


 腕を組み、三人を睨みつける。


「客室、食堂、ラウンジは案内したが、ここは案内した覚えはないぞ?」


 怯むことなく返答したのはモックだ。


「それは悪かった。職業柄、隠された入口を見つけるのが得意なんでな。脱出の糸口があるかもしれないと思ってな」


「そうかいそうかい……それは御苦労。しかしここは食糧庫だ。外に繋がっているのならすぐに案内するさ」


 飄々と答えるマクガーソンにヘザーが詰め寄る。


「何故、食糧庫への入口が隠されているのだ」


 その時、ピクッと眉間が動き明らかに不機嫌そうな表情になったのをロンデルは見逃さなかった。


「……この宿の設計者が推理マニアでな。こういった隠し部屋が好きだったんだ。全く、安い業者に頼んだのが失敗だったよ……アッハハハハ!」


 マクガーソンの高笑いが反響する。長く尾を引き三人の鼓膜を不穏に揺らす。


「さあ、わかったら出て行ってくれないか?」


「……あの扉の先には何があるんだ?」


 モックがマクガーソンから視線を外さず問い詰める。


「宿屋の電力やガスなどのライフライン関係の設備室だ」


 淡々と答えるマクガーソン。


 モックとヘザーはやや不満げに頷く。


 明らかに不穏な気配がするが、それを証明する証拠に欠ける。ここは引かざるを得ない……そう感じた。


 しかし、ロンデルは違った。


「あの、マクガーソンさん――」


 真っすぐマクガーソンを見据え、言い放つ。


「今回の連続殺人事件の犯人は――マクガーソンさん、あなたですね?」


 思わぬ発言に驚くモックとヘザー。


「アッハハハハ! おもしれえこと言うな!」


 組んでいた両腕を腰に当てるマクガーソン。


「言ってみな坊主……話くらい聞いてやるよ」

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