第二章 上級火炎魔法と上級防御魔法
ブリューの死体の第一発見者は彼の相棒のヘザーだ。
朝一、返事がないのを不審に思って部屋に入ると焼死体となったブリューを発見したのだ。ドアに鍵はかかっていなかった。
死体は見事に丸焦げになっていた。全身余す所なく焼け焦げ、パッと見では人とも判別しがたい。それがブリューだとわかったのは相棒故……ではなく辛うじて残った腕の太さと体の大きさ、さらに騒ぎを聞きつけマクガーソンが駆けつけたので自ずとブリューだと断定された。
不思議なことに左手が消失していた。燃え尽きた可能性もあるが右手は――正確にはらしきもの――はあるので消失した可能性が高いと思われた。
死体の状況から火炎魔法が使われたのは明らかだ。
火炎魔法は黒魔導士が習得することができる攻撃魔法の一つだ。他には雷魔法の《ビリ》や氷結魔法の《ヒュウ》などがある。初級、中級、上級となるにつれ強力になっていく。
死体の状況から火炎魔法である《バウ》、それも上級である《バウデロン》での犯行だと思われた。
宿屋一階の食堂にロンデルたちは集まっている。ティアリスに叩き起こされたので眠気眼をゴシゴシとこするロンデル。使用人二人は沈痛な面持ちで立ち尽くし、マクガーソンは腕を組んで頭を捻っている。ただ一人、モックの姿だけがない。
「どういうことなのだ?」
ヘザーは鬼のような形相で手にした槍を真っ直ぐとある人物に向ける。
「え!? ええぇ? 僕? 僕じゃないって」
それは黒魔導士のカーマインである。疑いの目を向けられた彼はブンブンと首を振る。
「そのジョブで違うなど言わせぬぞ?」
高貴な印象のヘザーから鬼気がほとばしる。相棒を丸焦げにされたのだ。彼女の怒りは計り知れない。
「だから、違うって!」
今回の宿泊者の中で唯一攻撃魔法を扱うことが出来るカーマインだが、断固として認めようとしない。やり取りを見ていたロンデルはティアリスに言う。
「ブリューさんはいつ殺されたんだろうな?」
ティアリスはローブの裾から人差し指を出し顎に当てながら考える仕草をする。
「うーん、夕飯食べ終わったのは夜の二十時くらいだったからその後じゃないかしら」
「それまでは全員が食堂にいたからな。その後は逆に全員が部屋に戻っちまったからアリバイはなしか」
ロンデル含め宿泊者は全員個室に泊まっている。ペアであったとしてもアリバイを立証することは出来ない。いわば全員が容疑者候補なのだ。しかし、殺害方法は明らかに魔法によるもの。カーマインが疑われるのは当然の成り行きだ。
ヘザーによる追及は未だ続いている。槍の切っ先が照明を反射してキラリと光る。
「だ、だ、誰か他に火炎魔法を使える人はいないのっ!?」
カーマインの言葉に頷く者はいない。
「じゃ、じゃあ! 誰か他にいるんだよ! 僕以外に黒魔導士が――」
「それはねえな」
沈黙を守っていたマクガーソンが口を開く。
「昨夜の宿泊者は六人のみ。侵入者はいない。オーナーの名に懸け誓うよ」
「うぐっ」
マクガーソンの勢いに負け俯くカーマイン。
「じゃ、じゃあ!」
第二の突破口を切り開きにかかるカーマイン。
「今姿が見えない……シーフの彼はどこにいるの? 怪しいじゃないか!」
マクガーソンが使用人二人に目を向ける。
「今朝から姿が見えなくて……」
シエルが申し訳なさそうにそう答えるや、カーマインは語気に勢いを増して言う。
「ほら! きっと彼が犯人なんだよ! 疑われるのが嫌で逃げ出したんだよ」
ロンデルは話を聞きながら姿を見せないシーフのモックについて考える。
確かにこの状況で姿を見せないのは怪しすぎる。
これでは犯人だと疑われても仕方がない。犯行方法には疑問が残るが今や攻撃魔法は戦士の俺でも道具で代用できる……ましてやシーフなら道具の使い手だから――。
「……呼んだか?」
突然、食堂にモックの声が響き一同は一瞬唖然とした。見ると食堂の入り口で何食わぬ顔でモックは佇んでいた。
「あっ! 今までどこにいたんだ!? 君が犯人だろう……!」
カーマインの質問に全く動揺の色を見せずモックは言う。
「彼を殺したのは俺ではない……それよりいいのか?」
モックは衝撃的なことを口にする。
「俺たち……閉じ込められたぞ?」
その言葉に一同の理解が追いつくのに数十秒を要した。
「閉じ込められた?」
ロンデルはモックに問いかける。
「どういうことだ?」
「自分で確かめてみたらどうだ?」
モックの言葉にロンデルは弾かれたようにその場を後にし、玄関へ向かう。
「あっ! ちょっとロンデル!」
慌ててその後を追うティアリス。
その後、全員が玄関に集まり何度も試してみたが玄関の扉は開かず、まるで分厚い壁と化していた。近くの窓はどうかと思い試してみるがこちらも同様だった。
こうして宿屋は閉鎖空間と化したのである。
「防御魔法の《プログン》……それも上級の《プロガン》の可能性が高い」
閉鎖空間と化した宿屋の食堂に今一度集まる一同。今度こそ全員が揃っている。
「この場においてそれを扱えるのは……」
一同の視線が白魔導士のティアリスに集まる。
「確かにそうね」
あっさり認めるティアリス。しかし彼女は真っ直ぐその視線と対峙し言い放つ。
「でも私ではないわ。この状況で逃げ出したいのは私も一緒。皆を閉じ込めるメリットなんて何一つない。それに未熟だから上級防御魔法は使えないわ。それに――」
ティアリスは続ける。
「この魔法を維持するのには多くの魔力を使う。建物中を強固な壁と化すなんて並外れた魔力の持ち主でないとまず不可能よ」
「では魔力を供給し続ければ可能なのか?」
ヘザーが問いかける。槍はひとまず下ろされているが、怒りの瞳は相変わらず健在である。
「可能ね」
「……っ、ティアリス?」
横でロンデルが息を呑む。しかしティアリスは動じない。
「しかし思い出してみて。昨夜は魔力回復用ドリンクが提供されなかった。魔力は私含めほぼゼロではなくて?」
一同は頷く。魔力回復用ドリンクの話になりマクガーソンら宿屋の人間は俯く。
「魔力回復薬くらい……白魔導士なら持ち歩いているんじゃないのか?」
ヘザーの言葉に、はじめてティアリスの表情が曇る。
「……そうね。持ってるわよ。でも二本よ。これだけの魔法を維持するのに二本じゃ足りないわ」
それに上級はまだ使えないから、と結ぶティアリス。
ロンデルは横で危ない橋をどんどん渡っていくティアリスにひやひやする。
それは常に敵に向かって突っ込んでいく自分を見ているようで改めて行動を見直そうと考えるきっかけになった。
「彼女の言葉は真実だ」
シーフのモックが自らのスキルを発動した。
それは相手の所持品を見通すスキルだ。彼によるとティアリスは彼女の言葉通り魔力回復薬を二本所持していた。自らの所持品も見通されたヘザーはモックのスキルを信用せざるを得なかった。
ひとまずこの状況をつくりだしたのがティアリスではないことが証明されて、話は先程のブリュー殺害に戻る。
モックのスキルによりティアリス同様魔力回復薬を何本か所持していることが明らかになってもカーマインは姿勢を崩さない。それが厨房から盗まれたものではないかという話になりカーマインは一同の眼前に所持している魔力回復薬を出した。それはティアリスも所持している道具屋で取り扱われているお馴染みのマークがプリントされたものだった。
「盗みなら僕以上に得意な人がいるじゃないか……」
モックはそれを当然のように否定する。
「魔力回復薬を所持している黒魔導士が攻撃魔法を使えないなんて言い訳、出来ると思っているのか?」
そして再び、カーマインの眼前に槍を向けるヘザー。
「貴様が盗んでいないにせよ、昨夜所持している魔力回復薬で回復した貴様はブリューを焼き殺したんだろう!?」
「だから、違うんだって! 僕は――」
先程言いかけてモックに邪魔されて言えなかった事実をカーマインは口にする。
「上級火炎魔法を使えないんだよ。まだ見習いだから《バウ》しか使えないんだ……」
使えないことをがっかりする口調だった。それは自らの力量を認めざるを得ないから。しかし閉鎖空間の中で唯一の黒魔導士である彼の言葉を信じている者は誰もいなかった。
「……往生際が悪いぞ」
宿泊者たちの話を黙って聞いていたマクガーソンが口を開く。
「この状況でお前以外に犯行可能だった者はいないんだぞ」
「で、ですから僕は!」
慌てて弁解しようとしたカーマインをすかさず次の言葉で黙らせるマクガーソン。
「お前、賞金稼ぎだろう?」
「はい?」
思わぬ言葉に一同は息を呑む。
「どういうことだ?」
中でも敏感に反応したのはヘザーだ。言葉次第ではマクガーソンに槍を向けかねない表情だ。
「奴の左手……なくなっていたよな。お前が殺して持ち去ったのだろう? 証拠として」
マクガーソンは続ける。
「ちょっと前にこの辺に賞金首が流れてきてな。そいつは左手の指に髑髏の指輪をしているんだ」
そのワードを聞いてロンデルは思い出す。
街の掲示板に載っていた賞金首たちの情報……その中に髑髏の指輪をしている人物がいたことを。
それがブリューだというのか?
「ハッタリだ! ブリューは賞金首なんかではない!」
槍の切っ先をマクガーソンに向ける。使用人二人がビクッとするのに対しマクガーソンは全く怖気づくことなく言う。
「物騒なもん向けんじゃねえ。ここは俺の店だ」
張り詰めた空気が流れる。
ブリューが賞金首であるかないかにかかわらず、彼を殺害したのはカーマインであるという流れは変わることなくそれで落ち着いた。仮に賞金首だったとしたら動機が明確になるのでカーマインが疑惑を逃れることはもはや不可能に近い。
やはり状況が悪い。
宿屋が閉鎖空間と化したことで自ずと犯人は黒魔導士のカーマインに絞り込まれることになった。仮に彼が本当に上級火炎魔法を習得していないにせよ、それは客観的に証明ができないのだから。
一同はカーマインを犯人と断定し、彼の部屋に外から鍵をかけ隔離することにした。街に逃げ出すことは不可能で、仮にドアを開けて逃げ出したとしても手練れが多いから問題ないだろうと判断された。
こうして事件は終わりを告げたかに見えた。
しかし翌日、新たな犠牲者がでた。
自室でカーマインが焼死体となって発見されたのだ。
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