第一章 魔法館の殺人

「ここはコスモタウンだ。ゆっくり休んでいってくれ」


 街の入り口である大きな門の前で涼しげなジャケットを羽織った六十代くらいの男性は今しがた街に入ってきた戦士の格好をした青年と白魔導士の格好をした若い女性の冒険者ペアにそう声をかける。


「ありがとうございます。へえ、ここがコスモタウンかあ」


 戦士の青年は少年のように目を丸くし街の中心に向かう人々に熱い視線を送っている。


「ロンデル……わかってる? カジノはしばらくおあずけよ」


「わかってるよティアリス、おっかねえな」


「なんか言った?」


「滅相もございませんとも」


 二人のやり取りを見て男性は豪快に笑う。


「がっはは、オレもあと三十年若けりゃあな」


 男性は陽気にそう言って近くの商店へ向かう。別れ際、二人の冒険者は騎士のように礼儀正しくお辞儀をした。


 ここ、コスモタウンは古くから天体観測事業で栄えてきた街だ。シンボルである商業施設も兼ねたプラネタリウムは連日多くの人で賑わっている。


 街の周囲には平原が広がっていて近年増加傾向にある魔物が多く跋扈している。それらを狩る冒険者にとっては格好の経験積みスポットである。冒険者が増加するのに合わせて宿屋も増え、今では天体観測事業に次ぐ第二の柱になりつつある。


 戦士のロンデルと白魔導士のティアリスもそうした冒険者だ。


 ロンデルは銀色の鎧を身に纏い頭には兜を被っていて腰には直剣、背中に木製の盾を携えている。兜から覗くスカイブルーの髪が平原から吹く風になびく。


 白魔導士のティアリスは白いローブを着て手には宝玉がついた小振りの杖を持っている。肩には長めのカバンがかけられている。ローブのフードは被っていない。黒髪をポニーテールに結っており、柔らかな笑みを浮かべながら近くを通る子供を見つめている。


 戦士や白魔導士というのは冒険者のカテゴリーのようなものだ。この世界の言葉では『ジョブ』と呼ばれている。冒険者は旅立つ時に任意のジョブに就く。彼らが就いている戦士や白魔導士は下級ジョブと呼ばれ、例外もあるが冒険者としての一歩を踏み出す時に就くことになるジョブだ。


 戦士は剣や槍など近接武器を扱うジョブ。体力自慢だが魔法は不得意だ。

白魔導士は逆に体力はないが回復魔法の使い手だ。


 街の入り口には掲示板があり、巷を騒がす魔物の討伐依頼や悪事を働き指名手配されている賞金首の情報が掲載されている。賞金首たちの顔写真は所々破け、全体を見ることが出来ない。長い時間が経ち忘れ去られてしまったかのようだ。各人の特徴を示す注意書きのみが短く書かれている。背中に蛇の入れ墨……隻眼……親指に髑髏の指輪……など。一通り目を通すロンデル。


「俺でも倒せそうな奴、いねえかな」


「いるわけないでしょ! 経験不足よ!」


 商店商店エリアを歩くロンデルが防具屋の前で立ち止まる。店の前には鉄でできた盾や兜が飾られている。防具屋の横には武器屋もあり、青銅でできた剣や斧、プレミア価格がついたプラチナ製の槍などが通りかかる冒険者の視線を集めている。


「いいなあ。俺のもそろそろ……」


 そう言って自らの木の盾を装備する。所々傷がついている。冒険者になってから使っているものだ。


「ダーメ!」


 手厳しい言葉をかけるティアリス。


「今日は魔力回復薬と毒消し草を買うんだから! あとは宿泊費! 我慢して」


「そんな殺生な……」


「つべこべ言わない! 今日だってロンデルが毒もらうから魔力余計に使ったのよ? おかげで魔力回復薬使い切っちゃったし……とてもじゃないけど装備に回すお金はありません!」


「ふぇーい」


「毒にならないで!」


「お前は前線に出ないから……」


「なんか言ったあ?」


「なんでもないです。わかりましたー木の盾サイコーっす」


 防具屋を後にした二人は道具屋で目的の品を買い、宿屋に向かう。


 今や第二の柱となった宿屋事業なので数々の宿屋が軒を連ねている。中にはサービス豊富な高級宿屋もあるが、その宿泊費を見てロンデルは仰天する。


「これ、ケタ違くないか?」


「今の私たちには到底無理ね。もっと安い宿屋探しましょう」


 街の中心からどんどん離れていくと、賑やかさの代わりに閑散さが増してくる。薄暗い路地の側溝では大きなネズミが残飯を漁っている。


 その横を通り過ぎ、しばらく歩いていると一軒の宿屋が二人の目に留まる。


「ここ、安くないか?」


「そうね……ここなら明日魔力回復薬もう一本買えるかも」


 外観は所々汚れが目立ち、見るからに手入れが行き届いていないが『ウェルカム』と書かれた立て看板を見る限り宿屋は営業中らしい。


 その宿屋の名前は『魔法の宿屋』というらしい。宿屋に入ると、体格の良い髭面の親父が二人を出迎えた。


「よお。よく来たな。二名か?」


 店主のマクガーソンである。オレンジ色の短い髪をセットしていて、年齢の割には爽やかな印象を受ける。右手でペンを持ち、リング状の跡がついたごつい指で名簿に字を走らせる。


「あの、なんで『魔法の宿屋』なんですか?」


 ティアリスが杖をカバンにしまいながら言う。マクガーソンによると値段の割には心身ともに回復した気分になることからこの名前らしい。


「高い宿よりよっぽどいいサービスするぜ! アッハハハハ!」


 豪快に高笑いするマクガーソン。名簿にはロンデルたち以外に四人の名前がある。


「じゃあ部屋は二階な。おーいシエル! 客人だ」


 マクガーソンの太い声に呼ばれカウンター奥からメイド服姿の若い女性が出てくる。


「はい。ようこそ『魔法の宿屋』へ。使用人のシエルです。ではこちらへ」


 シエルの案内で二階の部屋へ案内されるロンデルたち。隙あらば手を伸ばしそうなロンデルをティアリスが制していた。ムッとしたティアリスを前に何も言えないロンデル。


 本日の『魔法の宿屋』の宿泊者は計六人だ。ロンデルたちが最後の宿泊者だった。


 宿屋は二階建てで客室は二階に位置していて、一階は食堂とラウンジが占めている。ラウンジには冒険に役立つ本やマクガーソンが取り寄せた酒などが置かれている。ちなみに酒は別料金らしい。抜かりない。


 ロンデルたちは部屋へ案内されてからしばらくゆっくりし、食事の時間になり食堂へ向かった。外観からもわかるように大きな宿屋ではないので食堂もこじんまりとしているがシックな雰囲気で落ち着く。ロンデルたちが来た時には既に他の宿泊者たちは食事をしていた。


 入口から一番遠い席にいるのがモンクのブリューと竜騎士のヘザー。二人はペアで冒険をしている。ブリューはマクガーソンより太い腕で豪快に肉に食らいついている。入口に立つロンデルたちを両目で一瞬見つめるも、すぐに食事を再開する。ヘザーは淑やかなオーラを醸し出しながら姿勢よく肉をサイコロ状にして食べている。


 その近くでスープを飲んでいるのがシーフのモック。黒いマントを着た姿は怪盗の名に相応しい。この状況で得意技を披露することは難しそうだが。


 入口近くには黒魔導士のカーマインが焼き魚の骨を丁寧に取りながら身を口に運んでいる。隣の椅子にはトレードマークであるトンガリ帽子が置かれている。


 ロンデルたちは空いている席についた。間もなくして使用人が食事を運んでくる。


「ようこそ『魔法の宿屋』へ。使用人のミリアンです。ごゆっくり」


 メイド服の裾を持ち上げた後、優雅に去っていくミリアンを涎が垂れる勢いで見つめるロンデルをティアリスが一喝し二人は食事を始める。


「魔力回復したいんですけどまだですか?」


 食後の休憩を取っていた宿泊者たちの中で黒魔導士のカーマインが近くを通りかかった使用人のミリアンを呼び止めてそう訊いた。その声はやけに響き他の宿泊者たちもそちらに注目するほどだった。


「あ、はい……もう少々お待ちください」


 一般的に宿屋では体力回復用の食事と魔力回復用のドリンクが出される。ドリンクがいつまで経っても出されないのでカーマインは痺れを切らしたのだ。黒魔導士にとって魔力は死活問題、回復できないと満足に身も守れないのだから。慌てた様子で厨房に引っ込むミリアン。


「何かあったのかな」


「さあ」


 心配そうに厨房を見つめるティアリスに対しロンデルはどこか他人事だ。魔力には頼らない彼だから致し方ない。他の宿泊者を見てみてもブリューやモックはロンデルと同じような反応だしヘザーはカーマインほどではないが魔力を使うので気になっている様子。


 しばらくして厨房から店主のマクガーソンが出てきて貯蔵してあった魔力回復用ドリンクが無くなっている事実を宿泊者たちに告げた。


「大変申し訳ない。宿泊費は安くし、代わりに能力アップドリンクをサービスする」


 明らかに機嫌が悪そうな表情だ。不測の事態であることは容易に想像できる。


「あっ、オーナー。すみません、火力が足りません……」


 ミリアンは厨房から半身を出してマクガーソンに向けて言う。


「ああ。今行く」


 その後、各々のジョブに適した能力を微増させるドリンクが出された。魔力回復以上に貴重なドリンクなのである意味で得をしたともいえる。食事を終えた宿泊者たちは各々の部屋に戻った。


 その翌日。


 モンクのブリューが部屋で焼死体となって発見された。

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