第14話 仲が良いんですね

「うぅ、寒い〜」


 屋上へと足を踏み入れた拓海たちに向かって風がやまびこのように襲いかかってきた。その凍てつくような冷たさに、楓はコートに首を埋めて身を震わせる。


 拓海は屋上の中ほどまで進むと抱えていた機材をそっと下ろし、夜空を眺めた。


 雲ひとつない澄んだ空気の中に星たちが輝いている。その変わらない姿を見ていると、ここ最近感じていたわだかまる気持ちが消えていく気がして、拓海は知らず頬を緩めた。


「んー、やっぱり綺麗ですねー!」

「ああ、ほんと最高の観測日和だよな」

「はい! でも夜景だって負けてませんよ!」


 そう言って、楓は屋上奥の柵にまで駆け寄っていく。


「あんま見てると星が見えなくなるぞー」

「わかってますって! ちょっとだけです!」


 さっきまでのしおれた様子はどこへやら、夜景を見てはしゃいでいる楓は無邪気な子どもだった。拓海も視線だけを向けて見ると、まだまだよいくちの街はきらびやかな明かりで包まれていて、楓の言う通り、シャボン玉のような光で夜を彩っていた。


「ねえー! センパイもこっちで一緒に見ましょうよー!」

「俺はいいよ。望遠鏡の準備があるし。それに俺は今の時間の夜景よりも、もっと遅い時間の方が好きだしな」


 と、拓海は望遠鏡のセッティングを開始する。流星群を見るだけなら別に設置する必要はなかったのだが、せっかく誠司が来るのだ。なにか天文部らしい機材があると喜ぶだろう。


「ホント難儀な性格してますよねェ。ライバルを楽しませようとするなんて」

「……ほっとけ」


 いつの間にか側に来ていた楓を適当にあしらい準備を進めていく。三脚さんきゃくを広げて置き、架台かだい鏡筒きょうとうと順に取り付ける。それからピントを何に合わせようかと少し考えて、土星に合わせておくことにした。やはり初心者にはインパクトが大事だいじである。その点で言えば、土星の輪っかの観察はピッタリだと思った。


「あ、私にも見せてください」


 完成した望遠鏡を覗き込んでいると楓がそう言ってきたので場所をゆずる。


「ふむふむ。やっぱり望遠鏡は凄いですね。バームクーヘンの隙間すきままでちゃんと分かります」

「……カッシーニの空隙くうげきのことか?」

「そうとも言いますね」

「そうとしか言わねえよ」

「いやいや、センパイ。私は土星の輪バームクーヘン説を支持してるんです。いつの日か土星にまで行ってそのカケラを食べる。それが私のささやかな夢です」


 楓はアイピースから顔をあげて満面の笑みを浮かべてくる。暗い夜の中でも光るその表情を見て、拓海は呆れて肩をすくめた。


「お前が言うとマジに聞こえるから不思議だよ。案外幼稚園の先生とかに向いてるのかもな」

「ふふん、そうでしょう?」と楓は胸を張って笑った。「センパイもやっと私の有能さに気がつきましたか。ふふ、良いんですよ? これからは『カエデ先生』と呼んでくれても?」

「皮肉だよ、バカエデ」


 そのやりとりの最中、ポケットの中のスマホが震えたことに拓海は気がついていた。誠司か、あるいは未だ姿を見せない雪菜から連絡が来たのかもしれない。


 強い光をあまり見たくはなかったが、この状況では仕方ない。刺激的なライトに目を細めながらスマホを確認すると、雪菜からだった。


 ——『もうすぐ着くよ。赤城くんも一緒』

「……赤城と?」


 意外な連絡に思わず言葉をこぼしながらも、とりあえず了解の意のスタンプを返してスマホを仕舞う。すぐに楓が訊ねてきた。


「雪菜さんからですか?」

「ああ、もうすぐ着くってよ。赤城も一緒らしい」


 最後の言葉に、楓は渋い声を出して言った。


「ふーん、随分と仲が良いんですね、おふたり。一緒に来るだなんて」

「途中で会ったんだろ」と、拓海はダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら答えた。「俺たちと近いらしいからな、赤城んも」

「ホントにそうなんですかね?」

「それ以外なにがあんだよ?」

「さあ、わかんないですけど……」


 言って、楓は頭上を見上げた。それからすぐに声を漏らした。


「あ、ながれた」


 その言葉に拓海も空を見上げると、白い軌跡が雪のようにこぼれ始めていた。

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