第12話 ほんと、バカ
土曜日になった。
今日という日を楽しみにしていた天文ファンを失望させることなく、全国的に晴天に恵まれる。予報では雲もほとんど出ないらしい。
夕方のニュースでは今夜から未明にかけてふたご座流星群が見頃を迎えると伝えていた。各地の天文台では観測会が
「……結局、意味なかったな」
拓海は窓際に吊るして置いたテルテル坊主を取り外すと、ゴミ箱に放り込んで家を出た。
夕暮れの空の下を歩くのは昔から好きだった。目を壊すほどに暴力的だった
雪菜と出会ってからは一番星をどちらが早く見つけられるかを競った。その頃はまだ星の知識なんて全然なかったから、大抵は雪菜の方が早く見つけたけれど、拓海はそこで誰かと時間を共有することの楽しさを知った。
そして今、拓海はダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら歩いている。視線の先には
自転車を使わなかったのはこの光景をもっと感じていたいと思ったから。
この瞬間が永遠に続けばいいと思う。でも、振り返るまでもなく時間は過ぎて行くし、時間に乗せられた世界は回り続ける。
学校に向かって歩き続ける拓海の目は自然と星の姿に惹きつけられる。パステル色に沈んだ空の上に、白い墨を垂らしたかのように一番星が光り輝いていた。
「あ、先輩」
拓海が校門のまえにたどり着くと、そこにはすでに楓の姿があった。拓海を見つけるといつも通り、にこりと笑って挨拶してくる。
「早いですね」
「まあな。さすがに主催者が遅れるわけにもいかねえからよ」
いつもと違うのは制服ではなく、私服だということ。白のハイネックニットにオーバーサイズのコートを合わせた姿は妙に大人っぽく拓海の目に映る。そんな拓海の視線に気づいたのか、楓はくるりと身体を回転させると意味深な目を向けてくる。
「ふふ、どうです先輩? 何かいうことはないんですか?」
「
「……」
「嘘だよ」
能面になった楓の表情に、拓海はちょっとだけ笑って言う。
「似合ってるさ」
こんどは素直に、思ったままの言葉を口にした。けれど楓は不満げな様子で唇を曲げていた。
「……そう素直に言われるとなんだかなって感じです」
「じゃあどうすればいいんだよ……」
「最初っから素直に褒めてくれればよかったんですって!」
もっともな言い分だった。だけど言えるわけないじゃないか、と拓海は思う。照れくさいし、それに何より、本当に似合っていたから。
だけどもちろんそんな拓海の内心など伝わるわけもなく、楓は小さくため息をつくと、そのまま視線を空へと向けてぽつりと呟いた。
「それにしてもひどい天気ですねェ」
「……どこがだよ? 絶好の観測日和じゃねえか」
「でも、ちゃんと
「あん? 何の話だ?」
「テルテル坊主。逆さに吊るしたら雨が降るらしいですからね」
複雑な瞳で空を見つめている後輩の頭を拓海は小突く。
「全国の天文ファンに謝れバカやろう」
「痛いなぁ……いいじゃないですか、結局晴れたんだから。それに、どうせ先輩もやったんでしょ?」
「バカ、俺がそんな真似するわけねえだろ。ちゃんと頭を上にして吊るしたさ」
しかし楓はこれ見よがしに大きなため息をついて言った。
「はぁ、いったい私が何年センパイの後輩やってると思ってるんですか……。いいですか、先輩? 先輩は理系らしく物事を理論的に捉え、迷信やオカルトなんかは信じないタイプです。今までだって、観測会のたびにテルテル坊主を作る私のことを馬鹿にさえしていました。なのに、そんな先輩がテルテル坊主を作った? あーあ、
「……」
「どうですか? ぐうの音も出ないってことは、当たってるってことですよね?」
「……バカ。凄まじい妄想力だなって感心してただけだよ」
そう言ってから、拓海は反論しようと試みる。しかしそのときスマホが震えた。誰かから連絡が来たみたいだ。見ると誠司からだった。
——『すまん、ちょっと遅れる。三十分ぐらい。』
「遅れるってさ、赤城」
——『了解』
と、適当な絵文字を添えて返事を送りながら言った拓海に、楓が首を傾げてくる。
「赤城さんってアレですよね。例の、雪菜さんの好きだっていう男の人?」
「そ。で俺たちのクラスメイト」
動揺が表に出ないように声を返すと、楓は意味深長な微笑みを向けてきた。
「それで、先輩は雪菜さんからのお願いでこの天文部だけが参加する観測会に、部外者である赤城さんを誘った、と」
「まあ、そういうことになるな」
「……はぁ〜まったく……バカですね、先輩も」
拓海だってそう思う。だけど、どうしろっていうんだ。
「何度も言いますけど、好きな人の恋を手伝うだなんて、ほんとにバカ」
「いいんだよ。俺が納得してるんだから」
哀れむような視線を向けてくる楓から身体を背けて、拓海は校内へ向かって歩き出した。
「あ、センパイ! いいんですか、雪菜さんを待たなくて?」
「いいだろ、別に。雪菜だって天文部の一員なんだ。観測会の勝手は、わかってるはずだからな」
振り返らずにそう答えて、拓海は校舎の中へと歩みを進める。その背後から、楓の囁いた言葉が風に乗って届いた。
「……ほんと、バカなんだから」
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