第10話 どうせ暇だしな

『観測会に赤城誠司を誘う』


 改めて考えてみるまでもなく、その実態は〝言うはやすおこなうはかたし〟だ。


 よしんば誘うことに成功したとしても、他の生徒に聞かれれば元も子もない。雪菜の目的を考えれば、観測会に誘うのは誠司ひとりだけでなければ意味がないのである。


 ゆえに伝えるのは誠司と二人きりの状況が望ましい。だがこれがまず難しかった。人気者である誠司の周りには常に人がいる。金魚のフンもかくやの取り巻きたちを避けて誠司に接触することを思えば、ストーキングをして家を突き止める方がまだいくらか簡単マシかもしれない。


 しかしそうかと言ってメールや何かで済ませるのは誠司との関係を考えると論外だ。文字や声だけでは感情の機微きびは伝わらない。やはり対面がマストである。


 そこで雪菜から出た妙案が〝掃除当番〟を利用することだった。


 神が雪菜の味方をしているのか、ちょうど来週は拓海と誠司が所属する班が体育倉庫裏の掃除当番となっている。


 体育倉庫裏は学校内の盲点もうてんのようになっていて人通りは少ない。二人きりで会話をするチャンスは十分にある。


 あるいは神のおぼしなどではなく、この状況まで雪菜は見越してのことだったのだろうか。


 だとしたら、彼女の本気具合に舌を巻く。


 同時に、言い知れない感情が拓海の心をうずかせた。


「ってか、何を真剣に考えてるんだろうな、俺……」


 まるで告白のシチュエーションを練っているみたいだ。真剣に考えている状況に笑いが込み上げてくる。


 そもそもの話からして、律儀に誠司を誘う必要なんてないのだ。断られたと言えばいいだけ。元々無理のある話なのだ。雪菜だってそう深くは追及してこないだろう。


 ……なのに。


 そうできない自分の生真面目さを呪いながら、拓海は悶々もんもんとした一週間を過ごすのだった。



「うわ、すげぇな」


 植えられたイチョウが冬になるとたくさんの落ち葉を生み落とすおかげで、体育倉庫裏の掃除はやり甲斐のある状況になっていた。


 一面に広がった黄色い芝生しばふを見た誠司は感嘆の声を出す。


「ハハ、しかしこりゃとんだハズレくじを引いたなぁ紺野こんの

「……だな」


 苦笑いを浮かべる誠司に拓海は肩をすくめて同意を示した。


 体育倉庫裏と言ってもその範囲はコの字型に広く、コーナーをさかいに班員を二人ずつに分けて掃除を行うことになった。ここで誠司と離れてしまえば計画が頓挫とんざするところだったが、どうやら神は本格的に雪菜の味方をするらしかった。じゃんけんの結果見事に誠司と組むことになった拓海は、自分の良いのか悪いのかわからない運に感謝しながら誠司とともに持ち場へと移動した。


「そんじゃま、ちゃっちゃと終わらせようぜ」


 竹箒たけぼうきを手にした拓海たちは掃除を開始する。黙々と箒で落ち葉を掃く音だけが辺りに響いていった。


 しばらくそうやって掃除にいそしんでいた拓海だったが、地面の色が半分ほど見えてきたところでちらりと誠司のことを盗み見る。


 野球部のキャプテンをつとめあげていたということからわかるように、赤城誠司という男は決してチャラついた男ではない。何事も率先そっせんしてこなしていく。今だって、サボることなく粛々しゅくしゅくと落ち葉を集めていた。


 その様子に、拓海は思わず眉をひそめたくなる。誠司がもっと気に食わないヤツだったら……そんな身勝手な考えが頭をよぎったのだ。


 まったく、自分が嫌いになりそうだった。


 このままではいけないと、拓海はふっと息を吐き出す。そうして未練たらたらの気持ちを追いやるために、キューピッド役としての頭に切り替えるために大きく息を吸い込んだ。


 ——さて、どうやって話を持ち出そうか。


 鼻腔びこうを貫いた冷たさで意識を切り替え、拓海は目前もくぜんの使命へと向き直る。


 普通なら雑談を重ねながら徐々に持っていくのだろうが、拓海にそんな話術はなかった。


 だからもう、単刀直入に話を切り出すことにした。


「なあ……赤城ってさ、流星群とか好きか?」

「あん、なんだって?」


 誠司は箒を動かす手を止めて拓海を見てくる。


「好きか、星?」


 再度告げた拓海の言葉に、誠司は少しだけ考えるそぶりを見せた後、「興味はある」と言った。


「そうか。ならちょうどいいな。今週の土曜、十三日の夜から明け方まで天文部で流星群の観測会をするんだけど、赤城も一緒にどうだ?」

「はぁ? 俺が、お前ら天文部と一緒に?」


 こくりと頷く拓海。


「どうだ? もう予定があるってんなら断ってくれても全然いい」


 むしろ拓海としては断ってくれた方が有難い。そんな情けなさすぎる思いを胸に隠しながら拓海は誠司の返答を待つ。


「いやまあ、予定はないけど……」


 戸惑いの声を出して首を傾げながら、誠司はいぶかしげな表情を拓海に向けてくる。


「なんで俺を誘うんだよ? 言っちゃなんだが……俺とお前ってそんなに親しくねえだろ? なのに、どうしてだ?」

「ま、特に理由はねえさ。強いて言うなら、お前とは小学校から一緒なわりにはあんま話してこなかったからな。一度くらい思い出を作っとくのも悪くないと思ったんだよ」


 予期された疑問の声に、拓海はあらかじめ用意していた言葉を口にした。どう考えても無理がある理由だったが、それなりの説得力を持たせるよう言い淀むことなく答えるのを意識した。


 しかし。


「……」


 無言で佇む誠司。冬らしい乾いた風が拓海の耳をかすめていった。


「あー……やっぱ無理だよな。悪い、忘れてくれ」


 いたたまれない空気感に、拓海は諦めて掃除に戻ろうと身をひるがえす。しかしその肩を掴まれた。振り返ると、誠司が力強い瞳を拓海に向けていた


「待てって。誰も行かないとは言ってないだろ?」

「え、じゃあ」

「行くよ。面白そうだし。それに——」

「それに?」


 誠司はそっと空を見るように視線をあげた。拓海も釣られて頭上を見ると、あわい夕暮れの中に、積雲せきうんが低く鳥のように揺蕩たゆたっていた。


「……どうせ暇だしな」

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