狙うもの、狙われるもの
キリン🐘
忍び寄る刺客
8月某日
私はとあるアパートの中で、息をひそめ、機会をうかがっていた。
標的は、この先にいる男だ。
最近は、密封性の高い部屋が多い。
玄関まで入り込むのも、一苦労だった。
そう思っていると、女がやってきた。
女は201号室の前で立ち止まった。
201号室。そこに住んでいるのは、神崎タクヤ。男、24歳。
この男こそ、私の今回の標的だった。
扉の前には女が立ち、バッグを漁っている。鍵を探しているのだろう。
やがて女はカギを見つけると、ガチャガチャとカギを開けた。
――今だ!
私は女と一緒に部屋に入り込んだ。
玄関に入ると、むせかえるような熱気が私たちを出迎えた。
匂いで分かる。男は、5m先の、あの部屋だ。
女は、一歩、また一歩と、男がいる部屋に近づいてゆく。
もう少しだ。
そして、女は、扉を開け放った。
中から、ひんやりした空気が流れ込んできた
冷たい風が全身をさする。
未だに慣れない、嫌なものだった。
寒いのは、苦手だった。
そうしている間に、女は部屋の中へ入っていく。
ここからどうしようかと、中の様子をうかがっていると、男の舌打ちが聞こえた。
「おい、エミ。そんな奴連れてくるなよ」
――まずい、気づかれた。
「え? そんな奴?」
幸い、女のほうは気づいていないようだった。
どうする。逃げるか。
私は、振り向き、玄関のほうを見たが、すぐに男のほうに向きなおった。
いや、だめだ。今、扉は閉められている。
玄関に戻ったところで逃げられない。
何とかこいつらの目を誤魔化し、息をひそめよう。
もう一度あの女が、私に気が付かないまま、扉をあけ、出ていく。それに期待するしかなかった。
あれこれ考えているうちに、男が立ち上がった。
もう、やるしかない。
私の中にある飢えた欲求は、刻一刻と私を蝕んでいた。もたもたしている暇は、なかった。
私の腹の中にはかけがえのない、小さな命たちがある。
ここで死ぬわけにはいかないのだ。
そう。私と、あの人の――
男は気が付けばすぐそばまで、押し迫っていた。
男が、乱暴に手を振りかざす。
私は、男の拳を避けた。
そして、男の首を目がけてとびかかった。
そして、男の首筋を、刺した。
どろどろとした血の匂いが私を満たした。
何度味わっても、たまらない感触だった。
「くそ、死ねオラ!」
男が取り乱したように叫ぶ。
しまった。血に意識を取られて逃げ遅れた……!
私は、慌てて飛び立った。
しかし、男の巨大な手のひらは、すぐ目の前に迫っていた。
避けられない――!
その瞬間、私は死を覚悟した。
アナタ、ごめんなさい。
パチィン!
男の手の中で血が弾けた。
私は、そこで短い生涯を終えたのだった。
「うわあ。こいつ、めっちゃ俺の血吸っとるやん」
「蚊取り線香、買っといたほうがええなぁ」
狙うもの、狙われるもの キリン🐘 @okurase-kopa
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