第34話 世間は狭い
世間って狭い。
本当に気絶できたらいいのに。
「手から血がなくなる」若者の言葉で我に返る。
緊張のあまり若者の手を握りしめていた。私は全身の血液がなくなりそうだ。
「あら取って食われると思った?」
若者の母親が私を見て笑っていた。
「むしろ一思いに食ってください」心の中で答える。
私が何も言えないで立っている間、実家で夕食を食べるようにと誘う母親と騒がしい家に私を呼べないと主張する若者の攻防戦が繰り広げられていた。
「どうする?」
決定権が私に移ってきた。それが一番困るのだ。行きたいような強烈に怖いような。展開が早すぎて思考がついていけない。
この感じに覚えがある。そう言えば、若者と付き合う時も待ってくれなかった。血筋か。だったら私ができることは一つだけだ。
「お伺いします」めっちゃ怖いけど。その言葉は飲みこんで答えた。
そこから若者の家までの道のりは質問攻めかと思ったが、何も聞かれず逆に聞き役だった。
すでに長男が結婚しているだけあって、私の父のように動揺することもなく自然な会話だ。
「お兄ちゃんは女の子の友達も彼女も家に連れてくるけど、この子は秘密主義でね。女の子を連れて来たことがない。あなたが初めてよ」
「今日も自主的じゃない。強制連行みたいなもんだけど。本当に家に呼ぶの?子供達が大人しくなってからじゃないと……」
若者の最後の抵抗も母の一言で却下された。
「下の子が成人するまで何年かかると思っているの?」
成人するまで大人しくならないとは、それはあんまりではないかと思ったが、若者は反論せず私に「明日寝込む覚悟しておいた方がいいよ」と小声で言った。
「にぃにが女連れて来た!!」
「えー、どれどれ?美人?」
「うーん、普通」
若者の家に着いた途端、問題の子供たちの洗礼を受ける。子供は正直なだけに残酷だ。
「美人じゃなくて、ごめんね」
緊張していたはずが、子供たちの勢いに、つい答えてしまった。
「女って言わないの!お姉さんでしょ!」
子供たちの母親が怒っている声に子供達ではなく若者の父親と兄が反応して玄関まで出てきた。
私が反応したせいで興味深々で子供達がまとわりつく中、慌ただしく挨拶をする。
急なお客(私)の出現で興奮して手に負えなくなった子供達に「夕食はピザを頼もう」と彼らの祖母が魔法の言葉で大人しくさせた。ピザを選ぶ時間は少なくとも静かだった。
「恋愛に興味がないかと思ってたから安心した」
若者の兄が私を見て若者に言った。
私は若者の気持ちを理解した。
恋愛に興味がないのではなく、家族の興味の対象になるのが恥ずかしいのだ。
兄がその役目を受け持ってくれていたので、慣れてないのだろう。兄弟が並ぶと若者の方が無骨な感じがする。兄の方が背も高く痩せていて、優しそうに見える。学生時代はさぞモテただろう。そう言えば、義姉も正統派美人だ。
若者の両親に兄夫婦。美男美女ってことが余計に私を緊張させる。完全アウェイと言うか、ギャラリーが多すぎる。そんなことを思っていると隣に座っていた若者が私の手を握ってきた。いつもと変わらない若者の態度に自分が落ち着いていくのがわかった。
聞き上手の義姉の誘導尋問で順調な関係を築いていることは伝わったはずだ。毎晩一緒に寝ているとはとても言えないが毎日会っているとだけ言う。
私の両親と同じく若者の両親も子供の恋愛に「いつ」「どこで」「どう始まった」なんて全く興味がない。
結婚する気があるのか、その相手としてどうなのか、関心はその二つだけだ。
彼らの目には私はどう映たのだろうか。
「こいつ、やっと彼女を連れてきたら親の前でも堂々と手を繋いでいる」
ずっと無言で私たちの会話を聞いていた父親が笑った。
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