第32話 結婚は人生の墓場?
「墓場の住人になろうと思って」
今年も友人の過激発言は健在だ。
お正月明け、私たちはエスニック料理を求め、上野のコーリアンタウンでトマトのキムチをつまみにマッコリを飲んでいた。もはやエスニック料理を食べないと年明けを迎えられない身体になってしまっているようだ。
「おめでとう」結婚を決めた友人にお酒を注いだ。
「しかしなぜ、結婚のことを人生の墓場と言うのかな」
「それ最初に話す話題じゃないよね」
「気になるじゃん。自分で言っておいてなんだけど、墓場と聞いて良いイメージは持てない」
「けど、結婚は人生の遊園地って言われたらどうよ?」
「疲れるぐらいなら墓場でいいや。一番合ってる気がしてきた」
墓場の話から始まる結婚報告は照れ隠しだ。ここにも素直になれない人種がいると笑ってしまった。
「結婚証人になってくれない?」
「うふふ。もちろんOKよ」
「式は4月の下旬で、その前に住むとこを決めたいから籍を先に入れることにした。2回も時間を割いてもらって悪いけど、よろしく」
「2回?婚姻届にサインするだけじゃないの?」
「ヤツはクリスチャンだったのよ。だから教会式で神父の前でサインする儀式がある。新郎新婦の後に新郎新婦それぞれの証人がサインするんだって」
「あなたの彼がデートに仏花を持ってきたのも納得だね」
「そんなこともあったね。式の後はレストランで食事するから彼も誘って」
「えっ?」
「ヨーロピアンスタイルよ。皆パートナーを連れてくるから気軽に参加して」
「まさか私に青いドレスを着ろとは言わないよね?」
テレビドラマや映画での海外の結婚式のワンシーンを思い浮かべ身震いをした。
「そう言えばアメリカのドラマだと付き添いは青いドレスだね。笑えるから見たかったけど残念ながらそれはないわ」と笑った友人は本当に幸せそうだった。
若者と一緒に来いと友人は言うけど、パートナーという言葉を本人を目の前にして言うには少し勇気がいった。結婚しようと言ってくれた若者に返事をしないまま「パートナー」と言うのは気が引ける。
それでも私は友人の言葉のまま伝えた。
若者が私の後ろめたさを感じたのかはわからないが、躊躇することなく快諾した。
失恋しても恋愛が順調でも私にとって仕事に対する気持ちは変わらない。好きでも嫌いでもなく、生きていくために必要なものだ。でも若者の存在で仕事の嫌なことを早く忘れられ強くなったり、何もかも投げ出して若者に頼りたくなるほど弱くなったりする。結婚したら仕事を辞めれるかもと考えたこともある。だから若者のその言動に安堵し感謝し、やはり少し後ろめたかった。
夜ベットに入ると、自然と友人の結婚式の話に戻った。私も若者も教会での結婚式に出席した経験がない。ご祝儀は、服装はと話題は尽きない。
ただ私の特技は寝つきが良いことだ。若者の温もりが心地よく、いつも睡魔に秒殺されている。今、私の意識は現実と夢を彷徨っている。
「どんな結婚式をしたい?」
「本音を言うと入籍と写真だけでいい」ぼんやりと聞こえて来た声に睡魔と闘いながら答える。
「同意。結婚式より結婚生活や旅行にお金をかけたい」
「でも、親のことを思うと不可能だよね。お祝い事でお互いの親族が集まる数少ない機会を潰せない」
「どいうこと?」
「結婚式の次にお互いの親族が集まるのはお葬式の可能性が高いってこと」答えながら、寝るのに快適な体勢を探しもぞもぞと動く。
「オブラートが破けてるぞ。発言がブラックだ」若者が私の頭を枕に乗せた。
「睡魔のせいだ」
「いつもだよね。さっきのことだけど、親族だけで会食すれば解決するんじゃない?」
「だね……」私は若者の二の腕に顔を埋めた。
「その前に……聞いてないな。これもいつものことだけど」
「聞こえてます」と声にならないから、心の中で答える。
その前とはどの前だろうと思いつつ眠りの世界に身をゆだねた。
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