第30話 特別じゃないけど特別なクリスマス
「クリスマスはどうするの?」
残念ながら若者ではなく友人のセリフだ。
私の回復後の久々に友人と会った。ランチかねて日比谷にあるホテルでアフタヌーンティーをした。
「今回趣向が違うけど?」
「快気祝いだし。と言いたいとこだけど彼の両親に会う予行練習。お上品な雰囲気に慣れようと思って」
友人が種明かしをした。
「それより付き合って初めてのクリスマスでしょう。なんか恋愛したてのドキドキするような話を聞きたい」
私は社会人になってクリスマスを祝ったことがほとんどない。恋人がいた時もクリスマスイブが平日なら仕事優先だった。年末の忙しい時期で華やいだ街並みを感じつつ残業する日々だった。
今年のクリスマスイブは金曜だ。
「仕事だから、特にないでしょう。ご期待に沿えず申し訳ない。別の意味でドキドキした話ならあるけど」
そう言って入院で生じた騒動を話した。
騒動はあれだけでは終わらなかった。
会社に復帰した日、部長にお礼を言うと「早く回復して良かった」との言葉の後に「彼氏は好青年だな」と続いた。それが部内に広まったが私が忙しくしているせいか、怖いからか直接聞いてくる人はいなかった。そのせいで話が微妙に変えられ「好青年」が「イケメン」になり、相手は会社の人になっていた。
私に付き添って救急車に乗ったから会社の人だと思ったのだろう。伝言ゲームがゲームとして成り立つ訳と噂の怖さを実感した。
人の噂も七十五日。そんなに長く待たなければいけないとは。今はこの噂を早く飽きてくれることを待っているところだ。
「クリスマスは彼の実家に行くんだ」反対に私が友人に聞いた。
「何もしなくていいって言うからご飯を食べに行くだけだけどね」
「それは配慮じゃなくて要望だね」
「残念。差し入れしたかったのに」
「差し入れはぜひとも買ったもので」私は真剣にアドバイスをした。
去年のクリスマスは友人の彼の両親が旅行中で不在だということで実家を借りて友人が八人ほど集まり食べ物や飲み物を持ち込んでの食事会をした。
当然私も呼ばれた。友人はキッチンを借りて鶏を丸焼きを作っていた。わざわざアルミホイルでビキニを作って鶏に張り付けて。日焼けのなんともセクシーな鶏の丸焼きを作ったのだ。
その場のメンバーは大爆笑だったが、運悪く予定が変更になり彼の両親が戻ってきて一緒に食事をすることになり、鶏の丸焼きを見て言葉をなくしていた。
彼の両親が穏やかなクリスマスになるように是非とも手土産は花束にすることを熱心に勧めた。
クリスマスをどうするか若者に聞いてみようと考え、ふと思い出した。
「プロポーズみたいなこと言われたんだけど」私は父の騒動から若者に一緒に住みたいと言われたことまでを説明した。
「みたなことじゃなくて、それはプロポーズだ」
「プロポーズってもっとロマンチックなもんだと思ってた」
「嘘でしょう。まさか柄にもなく膝ついて指輪を差し出してくれるのを夢みてた?」
「そうじゃないけど、思い返して味わいたいのに一連のエピソードはまるでコメディだから」
「ぴったりじゃん」
「確かに」セレブ感あるれる場所に配慮して笑い声を押させて言った。
その日の夜。
「私、大人になってちゃんとしたクリスマスを過ごしたことないんだけど、祝う?」恋人としていう言葉は曖昧に若者に聞いた。
「僕の恒例だとチキンとビールを買って一人で過ごすだけだけど、どっか行く?」
「仕事早く終わるの?」
「わからない。でもクリスマスイブを一人でいたくないしあなたも一人で過ごしてほしくない」
「なんか、変な雰囲気を醸し出しての発言だけど、毎日うちに来てるじゃん!」私の入院騒ぎで実家から帰ってきた日から若者は毎晩私の家に泊まるようになっていた。
「会社の帰りにチキンを買って来るね」若者は笑って答えた。
クリスマスイブ、二人で深夜にテイクアウトのチキンをつまみにビールを飲んだ。いつもと変わらない金曜日の夜だった。でも、なぜか幸せだと思った。
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