第27話 「めまい」と「めまいがしそうな事態」
いつもとかわらない月曜の朝だった。
若者が資格の更新で大手町に行くというので会社の近くまで一緒に行きランチの約束をしてわかれた。
一仕事片付いた10時ごろ急にめまいがした。貧血だと思い、数分間、動かずにいたがひどくなる一方だ。
隣の席の部長に断り医務室に行く。歩くと吐き気に襲われ各階のトイレに立ち寄りながら。
目が回る。目に入るもの全てが右に回る。
一時間後。私の状態を確認した産業医の先生に救急車を呼ぶと告げられた。
脳に異常があるのかと最悪な事態を覚悟しつつ、子供のころ見たアニメで目が回るシーンは画面がクルクル回ってた、あの表現は正しかったと呑気に思った。
私が嘔吐を堪えつつ、くだらない事を思っていたそのころ部内では私が救急車で運ばれるということで騒然としていた。私がどこに住んでいるのか緊急連絡先もわからないと、ちょっとした騒ぎだ。打ち合わせから戻って来た部長が手際よく指示を出し、机の上で振動している私のスマホを取って勝手に電話に出ていた。
私は救急車に運ばれ救急隊の質問に答えていた。意識ははっきりしている。空腹で吐くものがないことは幸いだった。少しでも吐き気を抑えようと目を閉じる。救急隊と部長が話している声が聞こえ救急車に乗り込む人たちの気配を感じる。
「ご自宅は文京区だと聞きました。ですので東京医科大学病院に向かいます」と救急隊が告げた。
部長が伝えたのだろう。社内で話した事はないが部長なら人事システムで私の住所を確認することができる。
私の手を誰か触った。
馴染みのある感触ですぐにわかった。若者は病院につくまで私の手をさすり続けていた。
救急治療室でもすぐには原因がわからなかった。
血液検査、MR検査の結果、幸い脳には異常がないことはわかったが、水を飲んでは吐くことを繰り返す。吐き気止めの点滴に苦労している若いインターン先生を見かねて、ベテランの先生が私の手の甲に針を刺した。
「若い女性は血管が分かりにくいんですよ」
「先生、私若くない。ちなみに若いって何歳までですか?」
「むやみに詰めるな。その感じだと大丈夫そうだな」
父の声だ。私が検査を受けている間に若者が実家に連絡したと言ってたことを思い出す。
「ごめん。驚いたでしょう」
「色んな意味で驚くわ」と母が答える。
登場人物がそろったところで私のツッコミに無言だった先生が気を取り直して話始めた。
「検査で脳に異常はありませんでした。ですが眼振があります。今日は入院して明日の朝、耳鼻科で検査の予約を入れてますので専門医の先生に診てもらってください」
「入院?」母が急に狼狽した。
「がんしんって何ですか?」父は病状が気になるようだ。
「入院に付き添うことはできますか」若者は入院に付き添う気だ。
「眼振とは簡単に言うと眼球が痙攣したように動くことです。今も肉眼でわかるぐらいなのでめまいと吐き気はかなりつらいはずです。入院には付き添いはできません。多分一人で歩くことはできないと思うので、旦那様のケアが必要ですが家に帰ることも可能です」
旦那様と言う言葉に空気が凍りつく。
「入院だな」父が何も聞こえなかったように答えた。
母が面会時間のギリギリまで側にいてくれた。若者が「連絡するね」と言って帰って行き、父はいつの間にかいなかった。
「明日は私が病院に来るから」方向音痴の母が一人で病院に来れるかその方が心配だ。
「今日は私の家に泊まれば?」
「あんたの家までの行き方を覚えてない」
以前から思っていたが、私の両親は少し変わっている。
父は私が家にいると必要以上に束縛するが、外に出ると放置だ。一人暮らしをしている私の家にも来たことがない。母も引っ越しをした日に来た一度だけだ。私が実家に帰れば家族全員会えるからその方がいいと良く言えば合理的だが、そういう問題だろうかとモヤモヤした気持ちになる時もある。
「明日、日付が変わる前に病院までだどりつけるのかね」私は母に真剣に聞いた。
「具合が悪くても憎まれ口は健在だ。来れるでしょう。それとも『旦那様』に来てもらう?」
嫌味の攻防戦。これが我が家だ。私が変わり者なのは両親からの遺伝で間違いないと吐き気を抑えながら思った。
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