第26話 恋愛するうえで慣れるべきこと №2

 「彼に好きだって言ってる?」

 恒例ランチで酔った勢いで私は友人に聞いた。

 友人は淡々とハイボールを飲み干し質問には答えず「変なもん食べた?」と聞いてきた。


 ここは上野のガード下の立ち飲み屋だ。雑多の極みのこの場所で私たちの会話を気にしている人は誰もいない。



 若者と付き合う上で慣れることの最難関が好きだと言葉に出すことだ。

 突然「好き?」と聞かれる時がある。その度に落ち着かない気分になる。もちろん好きだ。でも「うん」としか答えられない。


 最近の私たちは必ず平日の朝通勤前に会い寝る前にも会い、会えない時は電話で話し、週末は一緒に過ごす。

 休日どちらかに予定があって日中は別行動でも金曜と土曜の夜はどちらかの家で朝まで一緒にいる。

 これだけ一緒にいたら隙あらば私にからんでくる若者にも慣れてきた。でもまっすぐ好きかと聞かれると緊張してしまう。



 「じらさず、さっさと好きだって言えばいいじゃん」

 友人は私を切り捨てハイボールのおかわりを注文した。

 「好きだから付き合ってるのに言葉にするのは恥ずかしい」

 「昭和の男か」

 「そう言うってことは自分からちゃんと言っているんだ」

 友人の女王様気質からして自ら言う姿は想像できない。

 「言わなくてもわかるって過ごしてると言いたいことも言えなくなよ」

 痛いところをついてくる。しかも私を即死させるほどの急所をえぐってきた。


 私は痛みをアルコールで緩和できるようにとハイボールを一気に飲んだ。




 友人とのランチの後は「好きだ」と伝えるタイミングを考え焦る日だったが、こんな時に限って聞かれもしない。


 そのまま数日が過ぎた頃には、仕事に追われ考える時間もなくなった。




 若者の家で迎えた週末は朝からしっとりと雨が降っていた。


 付き合う前から一緒に食事を用意していた名残で朝から二人でキッチンに立った。

 私がキッチンに立つと後ろからついてくる様子はまるで背後霊だ。でも私はそれが結構好きだ。絶妙な距離感で動く図体のデカい若者がかわいい。お互いの動きをみながらサポートをしあう感じも好きだ。

 私がケトルを火にかけ目玉焼きを作っていると若者がお皿を出し冷蔵庫から牛乳とヨーグルトを出す。お湯が沸き若者が珈琲を淹れてる間に私がカップとパンを出す。無駄のない連携プレーだ。



 朝食後、ソファに座ってテレビを見ている若者に寄りかかり本を読み始めた。

 私だって人目がなければ素直に甘えることができる。その表現が若者より控えめなだけだ。

 何か嫌なことがあった時の若者は顔を見られたくないのか私の背中から離れない。さらに重症の時は私の肩に顎をのせた状態でついてまわる。

 普段の若者は年下男子の特権を十二分に活用して甘えてくきたかと思うと強引に抱き寄せてきて男臭さをだしてくる。

 今も軽く寄りかかった私を引き寄せ態勢を変えた。

 そのギャップに心が乱され未だにときめいてしまう。



 数分後ときめきより若者の重みをズシリと感じる。私が寄りかかっていたはずが逆転している。

 若者が寄りかかって寝た時の重さには全く慣れない。若者の頭を私の膝に移して本を読み続けた。


 そして私はまた無意識に若者の髪を触っていた。



 もうすぐ昼だが雨は降り続いたままだ。寝ている若者を見て、ただ同じ空間にいるだけのこの時間を幸せに思った。



 「私も好き」そう言いて若者の鼻のてっぺんにキスをした。


 「せめて、ほっぺに」

 「驚いた!」

 「鼻は脂が気になる」

 「いつ起きた?」若者のほっぺを軽くつねる。

 「随分前から」

 「恥ずかしいから穴を掘って。私が入るから」

 「大きい穴を掘るから一緒に入りましょう」


 私は幸せだと感じた時に素直に好きだと言えばいいのだ。何も考えずに感じたままに。

 若者の鼻にもう一度キスをして、いたずらを楽しむ子供のような笑顔を封印した。

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