第25話 恋愛するうえで慣れるべきこと

 朝6時。


 目が覚めてしまった。


 習慣とは恐ろしい。目が覚めた途端に思った。こんな時はどのような態度が正解なんだろう。帰ると逃げてるみたいだし、朝ごはんを作るのも気が引ける。でもまずはシャワーを浴びたい。あれこれ悩んでいたら若者が後ろから包み込むように抱きしめてきた。


 「もう少しこのままで」眠そうな声だ。

 若者の寝息を聞いているうちに、私もまた寝てしまっていた。



 珈琲の香りで二度目に目が覚めた時、隣に若者はいなかった。

 正真正銘の寝坊だ。

 ベットの中で伸びをし、昨夜若者が来ていたTシャツを自分が着ているのを目にし赤面する。若者がおはようと言って渡してくれたタオルと着替えを受け取って逃げるように風呂場に行った。


 シャワーを浴び出てくると、ホットケーキと珈琲の朝食を用意してくれていた。

 これはすごく前、お互いに気になる存在になる前、偶然駅前のお店で会って飲んだ時に私が話した願望だ。


 珈琲の香りで目覚めて、彼がベットまで朝食を運んでくれる。朝食はホットケーキがいい。そんな映画みたいなことをやってくれる男なんていないことを承知で言った酔った勢いでの戯言だ。


 「ベットで朝ごはんにする?」

 「台もトレーもないのにどうやって食べるの?」笑いながら答えた。

 「今度台を作るか。冷凍食品のホットケーキだから気軽に叶えられる」

 「じぁ、毎日?」

 「特別感がなくなる」


 朝ごはんはサプライズか。なんて用意周到なんだろうと考えるとおかしくなった。

 「全て計画通りに進んだ?」

 笑顔で頷いた若者が慌てて首を横に振り観念したように「男は皆んな臆病なんですよ」と小声で答えた。


 「あら、かわいい」

 「かわいい言うな。察しがいい彼女を持つ男の悲劇ですね。かっこつけられない」

 「ごめん。ごめん。今度から気付かないふりする」

 「余計恥ずかしい」

 若者を愛おしいと思った。好きと言うかわりに「ありがとう」と言った。



 若者が私を見つめ「お互い徐々に慣れて行きましょう」と言った。

 「お互いに」その意味の一つは直ぐに思い当たった。


 一つはいつでもどこでも手を繋ぐことだ。

 街中の知人がいない中でなら全く気にならないが、知人の前では恥ずかしいものだ。でも若者は誰の前でも全く変わらないのだ。


 先日珈琲豆がなくなり図書館の帰りにいつもの珈琲屋に寄った。

 その日、若者は珈琲屋の息子と出かけていないのであえて行ったのだ。

 店長が「二人で食べて」とおかずの入った紙袋を持ってきた時、お礼の後に思わず「いつからご存じで」と聞いてしまった。店長はあの子はわかりやすいからと割と早くにと笑っていた。


 店長が店の外まで見送ってくれた時若者たちが戻ってきた。


 若者が駆け寄ってきて私の手を握った。

 珈琲屋の息子は目を真ん丸にして口パクで「そういう仲?」と店長に聞いていた。

 店長はそれに答えず私たちに「遠慮しないで今度は二人でおいで」と手を振った。一人だけ驚いた店長の息子の顔を思い出すと今でも笑ってしまう。



 若者と親しい人に受け入れてもらって嬉しいが恥ずかしくもある。手を繋ぐのを見られるのと恥ずかしさが倍増だった。




 別の日。根津神社まで散歩した時若者の事務所の人に会ってしまった。

 境内の鳥居をくぐった時、正面から来た若い女性二人に突然「デートですか」と声をかけられた。若者は「デートというより日常かな」と答え私は会釈をしただけで別れたが、彼女たちの視線が私たちの顔と手を何往復しても手は繋いだままだった。



 手を繋ぐことは嬉しいのにどうして私は恥ずかしいのだろう。

 友人に言わせれば、私がひねくれているとか秘密主義だからというに決っている。

 若者がいうように「好きだから堂々としてればいい」と思える日が来るのだろうか。慣れることのもう一つがわかった時、知り合いの前で手を繋ぐことなんて恥ずかしいうちに入らないことを悟った。

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