第24話 普通の一週間
また普通の一週間が始まった。
若者も私も仕事は繁忙期だった。
若者は土日も仕事をしている。心配で出勤前に若者の家に寄る日が続いている。完全に生存確認だ。
週初めの今日めずらしく夜ベットに入った時電話がなった。
若者からの帰宅報告だと思って出たら「今から行く」と宣言され突然切れた。
玄関のドアを開けると若者がスーツのままぼーっと立っていた。
「おかえり」
「ただいま」
若者は恥ずかしそうに答えた。さっきの勢いはとは大違いだ。何かあったなと思ったが、とりあえず着替えを渡し汗を流すように促した。
私は落ち込むと長風呂をする。湯舟に浸かって体が温まると落ち着くし、単純だが水に流せるのではないかと思っている。
それが根拠のない願望だともわかっていても。
お風呂から出た若者にミルクティーが入ったカップを渡しベットに並んで座る。こんな時ソファがあれば気まずい思いをしないのにと悔やみながら若者を見る。今日は身体が小さく感じた。
「泣きたいなら私の豊満な胸を貸すよ。おいで」
おどけて両手を広げてみせた。若者は無理に笑って私に身体を寄せてきた。
若者を軽く抱き背中をさすりながら、身体が小さく見えても実際の大きさは変われないわなと思った。
若者の話を聞きながら私はまだ若者の背中をさすっていた。突然「今日は帰りたくない」と若者が呟いた。
二人して噴き出してしまった。
「女子か」
そう言ってベットに寝転んだ。
誰にでも一人でいたくない日がある。
そういえば私が辛い時は若者がそばにいてくれて、それだけで気持ちが落ち着いたものだ。話を聞くことしかできないがそれでいいのだと思う。
若者が寝るまでのその声をずっと聞いていた。若者の寝落ちする直前の言葉は「ディーのななじゅう」だった。何のことだか思い当たり思わず笑ってしまった。
D70。私の下着のサイズだ。
豊満な胸と言った私への異議か賛同かは不明だが、下着を見たことは明確だ。寝ている若者の頬をつねってやった。
翌日、いつもと変わらない若者に戻っていた。
落ち込むことがあっても皆こうやって生きているんだと実感する。そしてまた仕事に追われる日常が戻り、気が付けば金曜日だった。
昼すぎ外出先に部長を送り出し遅いランチを取っていると若者からメールで夕食の用意をして待っているとメールがきた。すぐに部長の予定を確認し退社時間を見積もる。
目標18時半。
ソワソワした気分になったが、それに浸る時間はない。殺気立って仕事をする私に気圧されたか邪魔は入らなかった。
予定通りの時間に退社し車内で若者にメールをする。一体何を作ったのだろうかと考えながら若者の家に向かった。
なんと、すき焼きだ。
直帰した際に肉の問屋で買ったという肉は綺麗な霜降りだ。
父が甘い料理が苦手なせいで私は家ですき焼きを食べたことがない。若者が鍋に目分量で醤油、みりん、白ワイン、砂糖、出汁を入れ煮立ったところに手際よく肉野菜を入れていくのをただ眺めていた。
若者の家では誕生日はすき焼きだったということで年期入りの鍋奉行だ。
若者には年の離れた兄がいる。男兄弟の胃袋を満足させるのに牛肉なんて滅多に食卓にはでないし両親が共働きだったから鍋料理が多かったと懐かしそうに語った。
二人で片づけた後、若者が淹れてくれた珈琲を飲みながら本棚を物色していると若者が近づいてきて「明日の予定は?」と聞いてきた。
「特にないけど」
「じゃ、一緒に朝寝坊はどう?」
そう言うとカップを取り上げ本棚に置き、私の手を取りベットに連れていった。
「ちょっと待って。心の準備が」とベタなセリフを言いそうになる。
実際は急激に緊張したせいで「ちょっ」しか発せらていない。唐突すぎる。食事をして海外ドラマを見て家まで送ってもらう、付き合う前から変わらない、いつものコースだと思っていた。
急に男くささを醸し出され「戸惑い」なのか「ときめき」なのか、わからない。
久々のパニック状態だ。
そんな私の頬を若者の大きな手が優しく包む。
「好きです」唇が触れる寸前にそう言ってキスをした。
不覚にも涙が出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます