第23話 恋愛をする覚悟

 「彼ができた」

 三か月ぶりの友人との平日ランチだ。



 友人は普通の家庭料理が食べたいと言って海外出張のお土産を持ってやって来た。私が作る料理が普通かは疑問だが、彼女が喜んでくれるのなら何でもよいのだ。帰国が嬉しく、日本酒を用意し、いつになくおかずを多めに作った。


 日本酒を飲みながら彼女の海外での奮闘を聞いた後、さらりと私事を告げた。


 友人はすっかり浦島太郎の気分のようだ。自分がいない間に出会って付き合うって、どんな男だと私を詰問する。

 相手は珈琲屋の若者だというと、年下が羨ましいと今度は馴れ初めを芸能レポーターのようにグイグイ聞いてきた。


 「性格的に年下の方が合うかもね」

 久しぶりに聞いたその口調に友人が戻て来た実感をする。

 変わてる私は柔軟な考えの持ち主でないと無理だ。常識にとらわれる年上や同世代より年下の方が受け入れやすいのではないかと完全に私をディスっている。


 「で、付き合い始めのこの時期は幸せの絶頂って感じなのに、その暗い影は何?」

 「ぼんやりとした不安」

 「芥川龍之介か」

 「自分でも何が不安で怖いのかわからない。ただ悪魔に魂を売って手に入れたような気分。代償もそれなりに大きそうで」

 「自分にはもったいないと思ってるんだ。足りないものを補ってくれる存在を与えてくれたと感謝して受け取ればいいだけよ」

 「だからあなたの彼は優しい人なのね」と納得した。



 若者との関係が特殊なのも不安の原因だろう。

 いつも一緒にいるという状況に戸惑いを感じる。

 今まで付き合った彼とは週末にしか会えないことが多かった。若者とは家が近いので今では毎日会っている。


 最初は寝る前に電話で話たり早く仕事が終わった日に一緒に食事をするぐらいだったが、私の帰りが遅いと迎えに来てくれたり、若者が忙しそうな時は出勤前に朝食を届けたりしいるうちに気が付けば毎日会うようになっていた。 


 私は不思議と毎日会うことに負担を感じていない。でも若者が義務だと感じてしまっていないか気になり聞いたが、安否確認だからと子供扱いされてしまった。


 家が近いと困ったこともある。それは若者が飲み会の日だ。

 若者はなぜか私の家に帰ってくるのだ。夜中の二時ごろにインターフォンで起こされ、上機嫌に絡まれ、そのままベットに倒れこむ。途中で起こされ寝れない私を羽交い絞めにしたまま若者は爆睡だ。

 次の日の朝「酔うと会いたくなる」と笑顔で言う。

 そう言われて嬉しかったのは最初だけで今は快適に眠りたい要望が強い。毎回「お願いだから飲んだ日は自分の家に帰って」と懇願するが全く効果がない。全身からお酒の匂いがするデカい男を持て余しているのが現状だ。インターフォンで起こされるのは心臓に悪すぎるから若者が飲み会の日は私は彼の家で寝るようになり、付き合って二ヶ月で私たちはスペアキーを交換した。

 実はスペアキーを交換するのも私には初めてのことだ。



 「で、セックスの相性は?」

  飲んでいたお酒でむせってしまった。相変わらず聞きたいことをストレートに口に出す。

 「してないから、まだわからない。私が聞いてない持論がまだあるみたいだね。ありがたく聞くけど」

 「それは今度にする。持論を支持してほしいから」

 「珍しい。同意を求めるタイプじゃないのに」

 「そんなことよりスペアキーの交換をしておいて男として見れないわけじゃないでしょう」



 男として魅力がないわけじゃない。むしろ逆だ。たまにふとした仕草に色気を感じ見とれてしまうことがある。それに私の後ろに背の高い若者が立つと、ときめいている自分がいる。舞い上がっている自分を抑えているのは原因不明の不安だ。楽しかったり嬉しいことが多いと辛くなりそうで。



 「覚悟決めた?」

 食後の珈琲を飲んでいると友人が突然聞いてきた。

 私は無言で微笑んだ。

 「その微笑みがマジ怖い」そういう友人も微笑んんでいた。



 きっと不安を忘れた頃に不安が現実になるのだ。選んだのは自分なんだから覚悟を決めて進もう。何の覚悟か。今はただ傷つく覚悟をして、自分に正直に恋愛をしようと思った。

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