第21話 京都へ №2

 次の日、桂離宮へ。



 旅行前に東京の皇居にある事務所で拝観手続きをしていたのだ。


 皇族の別邸として創設された建築と庭園のため宮内庁で管理している。行きの車内で若者から桂離宮について教えてもらう。月を愛でるために考え抜かれた庭園と建築物だそうだ。


 旅行前、若者が桂離宮について語ったのは「ドイツの有名な建築家が涙が出るほど美しいと言ったところに行きませんか」とそれだけだった。でもそれだけで見てみたいと思い「泣かせてもらおうじゃない」と答えたのだ。




 桂離宮は一時間のガイド付きのツアーだった。

 ガイドの男性の説明が真面目なのだが面白く漫才風に聞こえてまう。

 庭の池を中心に書院や茶室が点在し、それぞれの建物は四季の月見に適した配置で計算されて考え抜かれて作られている。それなら是非とも月見がしたいと思ったが、庭園に入った途端そのことを忘れた。


 遠近法を取り入れた道や目隠しに植えてある木が効果的に使われている。見る場所によって景色を変えるための演出で何を見せてくれるのかと期待がわく。そして建物も存在感がある。松琴亭と呼ばれる茶室は茅葺屋根の伝統的な建物だが、ふすまは白と藍色の市松模様でとても17世紀のものとは思えない。この桂離宮は純日本庭園で粋なのに斬新なのだ。


 若者に「一緒に来て良かったでしょう」と聞かれ素直に頷いた。



 その日の夜、東山にある蕎麦屋で私は鴨鍋を食べる喜びを隠しきれないでいた。

 京都に一人旅をして残念なのはこの鴨鍋が食べれないことだ。今夜は締めの蕎麦も食べ大満足だ。食後に白川沿いを散歩しながら祇園まで歩くことにした。


 歩きながら夕食前に行った白峯神社のことを思い出した。

 蹴鞠発祥の地で多くのスポーツ選手が参拝し、球技のボールを奉納してることでも有名な神社だ。その境内に崇徳上皇の和歌の石碑があった。


 瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の われても末に あわむとぞ思ふ


 百人一首にある和歌だ。


 川の瀬の流れが速いので、岩にせき止められている滝川が二つに分かれても、いつかまた合流するように、愛しい人と別れてもまたいつか逢いたいと思う。

 そんな意味だそうだ。


 白川沿いの柳と石畳が和歌を思い出させたのかもしれない。


 愛しい人とは誰だろうか。この時代の彼の地位からして女性は正妻の他に何人いたのだろう。なぜか浮気された女性の気分になる。



 突然、脇道から人が出てきた。

 細い道でまさか人が来るとは思っていなかったので思わず若者の後ろに隠れるように立ちシャツを掴んだ。


 「僕を盾にして自分だけ生き残る気ですね」と若者がふざける。

 警戒しながら歩く私に若者が驚く前に思考を戻そうと言ってくれた。そうだ、崇徳上皇の和歌だ。それを思い出していたと若者に話す。


 「さすが日本三大怨霊だけあって恋愛も情熱的だと思って」

 「えっ、悲しい和歌だと思った。崇徳上皇の悲劇を知っていると、あの世では一緒になりましょうって深読みしたくなりませんか」

 「生霊になった人だよ。この世に執着してほしい。流れの早い川の水のような激しい恋心は岩のような障害で一時別れることになっても、止められない。好きな人といずれ一緒になるっていう宣戦布告のようなもだと思った」

 「だとすると激しいですね」

 「私の勝手な主観だけどね」

 若者の視線を感じ顔を見上げた。


 「死んでる人間の心の機微には感情のまま向き合うんですね」

 デジャヴだと思う間もなく若者が続けた言葉に和歌も吹っ飛んだ。

 「この辺は辻斬りに合うのにピッタリの場所ですね」

 「その発言は心に収めてほしかった」と思わず若者を軽くどついた。

 京都は新選組と尊王攘夷派の血生臭い事件が多くあったところだ。本当にあったかもしれない。



 当然、暗い道は若者を盾にしてホテルに戻った。怖くて寝れなかったら生霊になって若者の枕元に立ってやると若者の背中に呟いた。




 京都最終日。


 俵屋宗達の風神雷神を見て帰ろと建仁寺へ。

 本物は京都国立博物館で今は公開されてない。建仁寺にあるのはレプリカだが写真が撮れるという利点もある。


 レプリカの風神雷神に「また来ます」と心の中で言い東京へ戻った。


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