第18話 手を繋ぐタイミング
真夏日が続く八月下旬の金曜日18時、会社帰りに有楽町駅で若者を待つ。
若者が熱中症で私の家に運んだあの日、結局彼は大仏の顔がプリントされたTシャツを着て帰った。
寝ている時に熱中症になっていないかと心配で次の日若者から連絡がきてやっと安心できた。
後日、晩御飯にとピザとビールを持って例のTシャツを返しに来た。その時、仕事でお世話になっている方へ渡すお菓子の相談をされ買い物に付き合ってほしいと頼まれたのだ。手土産は意外と難しい。送る人の年齢などを聞いて銀座にある老舗のかりんとうに決まった。優しい甘さが懐かしく店でしか買えない特別感があり、日持ちもするし入れ物の缶も粋だ。私のお気に入りの一つだ。
人混みを避け駅の改札口から少し離れたところで立っていると人の気配を感じ振り返った。
そこにいたのは、高校の同級生だった。私が彼の股間を蹴り上げて以来の再会だ。残念ながらダメージはあまりなかった様だ。
「久しぶり。少しなら時間あるからどこかで座って話さない?」
何事もなかったように話しかけてきた。相変わらず間が悪いし、勝手なやつだ。
「私は時間も話すこともないから」
不愛想に答えた時、若者がやってきた。こちらも間が悪い。
「待たせた?」
「いや、私が早く着いただけ」
「じゃ、行こう」
若者はいつもよりフランクな口調で話し私の手を握り同級生に向かって会釈をした。
いきなり手を握られたので、反射的に指を開いてしまった。すると若者は指を絡めて手をつなぎなおした。いわゆる恋人つなぎだ。
「彼氏なんだ。その、この前はごめん」
同級生の誤解と謝罪にどう答えようかと迷っていると若者が笑顔で言った。
「俺、嫉妬深いんで、これで失礼します」
唖然とする同級生を尻目に歩き出した。
そろそろ、恋人つなぎの手をどうにかしたいが、面倒なことから救ってもらった立場では言い出しにくい。
少し歩いたところで若者の方から話しかけてきた。
「まずは買い物を済ませて、早くビールを飲みましょう」
「この状況でよく普通の会話ができるね。意外と大物だわ」
「じゃ、今一番知りたいことを聞きます」
真剣な口調で言った。何を言われるのか息を止めて待つ。
「手をつないでドキドキしました?」
つないだ手を掲げて、ふざけて言った。
「えっ?したんじゃないかな」
驚いたことが多くて、どれにドキドキしたかわからない。
「他人事みたいだ。ムカつくから手はこのままです」
「えー、気まずい」
「僕は全然」
「じゃあ普通の手のつなぎ方にしようよ」
「嫌だ。幼稚園児の引率って言いそうだから」
「鋭い……」
その妙に拗ねるとこが幼稚園児なんだよと心の中で言った。
手土産を買い、食事に行く。
有楽町のガード下の屋台に行きたいと言ったのに却下された。
若者が予約してあると言って有楽町駅近くの雑居ビルの5階に私を連れてきた。
エレベーターを降りると、別世界だった。老舗料亭のような趣のお店で案内されたのは茶室のような小さい個室だった。
メニューを見る限り気軽に日本料理が楽しめるお店のようだ。とりあえずビールで乾杯した。
「ここはうちの事務所が手掛けたんです。個室しかないんですよ。旅館ぽいでしょう」
「悪事の相談をしたくなるような空間ね」
「さっきの男を成敗したいですか?」
若者が湯葉を器用に取り分けながら、爆弾を落としてきた。
「もう成敗したから」
「殺し屋もビビるような冷たい目をしてました。どんな成敗か怖くて聞けません」
ふざけたように言った。同級生との再会より若者の言動に振り回され悪酔いしそうだと思った。
私が酔ってしまい店を早めに出て歩く。また手をつなぐ。
「私の手はまだ解放してくれないのね」
「荒療治です。あの時手が震えてたから。身体が震えてたら抱きついたのに」
そう言って、今度は私の肩を抱いた。
「暑っい!今、軽く殺意を抱いたわ」
若者の手からようやく逃れた。
「あー、ちっともロマンチックじゃない」
拗ねた若者を見てつい素直な気持ちを言ってしまった。
「いつも、気遣ってくれてありがとう」
若者が笑顔で私の手を取った。感謝を言うタイミングを誤ったことを悟った。
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