第13話 桜は人の心を惑わす

 「桜は人の心を惑わす」

 毎年、桜が満開になるこの時期にいつも思う。



 友人との恒例ランチも桜を見ながら食べようということになった。でも私たちは混んでところに行く気はない。彼女のマンションの近くにあるピザ屋に行く。その店は神社の隣にあり神社の桜を見ながらの食事をしようという魂胆だ。


 希望通りテラス席で桜を見ながら熱い紅茶を飲む。四月の初旬はまだ肌寒い。外でビールを飲むほどの根性が私たちにはなかった。


 寒さを我慢してまで見たいと思う桜は不思議な花だと友人が話す。


 特別好きな花ではないのに満開の桜を見ると心が浮き立つと。私は花見で酔っている人を見ると不思議な花だと思う。満開の梅の花を愛でながら和菓子にお抹茶を頂こうと思ってもお酒を飲もうとは思わないのにと。梅の季節は寒すぎることもあるが、冬の屋台でお酒を飲む人もいるのだからそれは決定的な理由にはならない。



 毎年桜が咲くと思うことを私は友人に言う。

 「桜は人の心を惑わせる力ある」

 「羨ましい。どんなフェロモンを出しているんだろう」

 彼女の思考には敵わないと改めて思った。



 花見をしながら飲んで羽目を外す人は寒さも感じないほど桜に相当心を惑わされてるのか。私たちはテラスのランチを早めに切り上げ、ケーキをテークアウトしデザートは友人の家で食べることにした。



 彼女の部屋は薔薇のモチーフが印象的な大人の女性らしい雰囲気がある。オフホワイトを基調にしたインテリアにカーテンやクッションは大きめの真紅の薔薇の柄だ。この部屋こそ、どんなフェロモンを出しているのか。思春期の男子高校生だったら鼻血を出してしまいそうだ。


 彼女の家で京都旅行の写真を見せてもらう。私が行くはずが仕事で休みが取れずホテルと新幹線の払い戻しをしようとしたところ代わりに彼女が行ったのだ。もちろん彼と一緒に。ついてない時はこんなもんだ。ヤケ酒を飲んでと言って宇治の日本酒をお土産にくれた。有名な酒蔵の新酒だ。ヤケ酒にするには勿体ない。もう少し暖かくなったら冷やして飲もうと思う。



 彼女の家からの帰りスーパーに寄り食材を買い求める。私は花より団子だ。キッチンが広いマンションに引っ越してから週末におかずを作り置きする習慣ができた。家の近くに飲食店がないこともあるが、会社から帰って簡単な食事にありつける快適さを知ってしまったことが大きい。一人だと二日連続で同じものを食べても適当に食べても何も問題ない気楽も続けられる秘訣だろう。


 両手に買い物袋を提げて信号待ちをしていたら、後ろから珈琲屋の若者に声を掛けられた。荷物を持ってくれると言うので、そのまま部屋まで運んでもらう。想像以上に重かったようだ。若者は私が出した冷たいお茶を一気に飲んで言った。


 「自炊しているんですね。一人暮らしでどれだけ食べるんですか」

 「毎回外食するほどお給料もらってないから。買い物は週末しかできないから、いつもこのくらいの量よ。若者は自炊しないの?」

 冷蔵庫に食材をしまいながら答える。


 「コンビニのお弁当か作ってもラーメンぐらいですね」

 「私が作ったものでよければご飯食べていく?味は保証しないけど」

 「食べます!」

 「今日と何度か送ってもらっているお礼ね。って言っても大したもの作れないよ」

 あまり期待されても困るのでハードルを下げておく。



 私が料理をしている間、若者は所在なさそうだ。1DKの部屋では逃げ場がない。しかも私の部屋は写真の一枚も飾ってないシンプル過ぎる。掃除が楽なように何でも収納してあるからだ。とうとう若者が手伝うと言って使い終わった鍋を洗いだした。



 若者のリクエストで一汁三菜の献立だ。若者は喜んで食べているがメイン以外は作り置きのおかずをアレンジしただけだ。お味噌汁の出汁でさえ作り置きなのだ。あまりにも喜ばれると申し訳ない気持ちになる。


 でも、誰かのために食事を作るのは久しぶりで、美味しいと喜んで食べてもらえるのはいつ以来だろう。心の傷が少し疼いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る