第12話 何事にも始めることより終わらせることの方が大変だ

 「何事にも始めることより終わらせることの方が大変だ」


 私は悟りを開いた。完全に気のせいだったけど。



 週末、友人を呼び出し恒例ランチで沈んだ私を慰めてもらうことにした。怒りを辛さで消化したい私と炭水化物は幸せを感じるという友人の意見からカレーを食べに神保町に繰り出した。



 慰めてもらうにしても、辛気臭いのは嫌だ。


 「同級生の奴をいい人、いい人、どうでもいい人だと思っていたら、相手は私のことをいい人、いい人、都合のいい人って思ってたことが判明したわ。腹立たしいことに危うく襲われるとこだった」


 「マジで?!無事でよかった。無事ってことは彼にどんな仕打ちをしたの?」


 「失礼な。テレビドラマで女性が身を守るには膝で股間を蹴り逃げろって言ってたから実践しただけよ。仕打ちじゃなく正当防衛です。実際接近戦だとそれ以外に選択肢はないと思う」


 「接近戦ってスポーツじゃないんだから。彼がストーカーになる可能性とかないよね?」


 「彼がストーカーになるほど私は好かれてないから大丈夫。それに私の勤務地も住んでいるとこも学生時代の友達は誰も知らない」




 私は彼にとって都合のいい女にすぎないのだから執着するほど好きではないはずだ。時間にルーズな男がそんなことに時間を使うとは思えない。忘れた頃にメールがくる程度だろう。それは無視をすればいいだけだ。あの日以来同級生からの連絡はない。私の最後の警告は守られている。 



 「テコンドーを習おうかな」

 「護身術じゃなくて、なぜ格闘技?それ以上強くなってどうするの」

 「回し蹴りを決めたい」

 絶句する彼女に追い打ちをかけて言う。

 「しかも一発でノックアウトできるような強烈な回し蹴りを決めたい」


 私の想像の世界で私はすでに同級生の顔に綺麗な回し蹴りを何度か決めていることは黙っていたが、彼女にはお見通しだった。



 「テコンドーの動画を見てイメトレするのはやめなさい。怖すぎる。それより意外とビビりだから今でも夜道が怖いんでしょう。その日はどうやって帰ったの?」


 「その日は珈琲屋の若者に駅前で会って送ってもらった」

 「その若者は近所に住んでいるんだ。送ってもらえて良かったね」

 「そういえば家がどこかは知らない。前も送ってもらったことがあるから近所なんじゃないのかな。本当にありがたかった。弟ってあんな感じなのかな」

 「あんな感じとは?優しいとか思っているんなら妄想だから。実の弟はそんなに優しくないし使えない」


 年子の弟がいる友人の言葉には棘がある。彼女は実家に帰るたび弟に車を出してもらっている。他人の私には十分優しいだろうと思うが実際は違うらしい。珈琲屋の若者にお礼をしないといけないと思った。



 友人に話を聞いてもらって十年前の後始末が終わったと実感した。「十年後お互いに独身なら結構しようか」と言った本人もこんなことになるとは思いもしなかっただろう。言われた私もこんな怪我をするとは思わなかった。若気の至りだ。高校大学と同級生だった彼との細く長い付き合いにも終止符が打たれた。私が被ったダメージが大きかっただけに、そのことに全く後悔はなかった。


 「何事にも始めることより終わらせることの方が大変だということを身に染みて感じたよ」

 私は友人にしみじみと全てを受け入れられるような悟りを開いた心境で感想を述べた。

 「確かに。結婚より離婚の方が大変だしね」

 「離婚したことないでしょ」


 離婚どころか結婚もしてない。思わず笑ってしまった。悟りを開いた心境だったのに台無しだ。でもよく考えてみたら、悟りを開いた人は回し蹴りを決めたいとは考えないなと思い直した。



 最後に友人からは男難の相が出尽くした感あるからもう大丈夫だと根拠のない慰めをもらった。苦労して解決したし気分転換に旅行に行こう。自分を慰労しないと精神的にもたない。久々に京都に行きたい。そう決めたら、沈んだ心が少し浮き上がった。

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