第11話 善は急げ、嫌な事も早く終われ

 善は急げというけれど、嫌なことも早く終わらせたい。ことわざの意味とは多少違ってくるが、私の今の心境に一番近い。



 私はさっそく出勤途中に面倒くさい同級生に話せる時間があるかメールをした。その日の夜に大学時代に仲間内でよく利用していた居酒屋で会うことにした。嫌なことは直接話す方がいい。


 学生時代から知っている居酒屋は今も学生が多く利用していた。比較的静かな席を選び迷わず先に飲むことにした。平日はお酒を飲まないようにしているが、不安で飲まずにはいられない。


 待ち合わせ時間より三十分遅れて彼は来た。とりあえず飲み物と食べ物を追加で注文しお腹を満たす。


 空腹も解消し、心に余裕ができたところで本題に入る。私とつきあいたいと本気で思っているのかを確認する。


 「本気。とりあえず付き合ってダメなら別れればいい」

 本気の割には軽い。私は恋愛において同じ失敗をしたくない。もう遠慮や我慢をするような関係は嫌なのだ。


 「最初が肝心だから言うけど付き合うなら毎回遅刻するとか、メールの返事が何日も来ないとか嫌だし、嫌だということを我慢しないよ。変わる気はある?」

 「どうして急に?」

 「今までは恋人じゃないから遅刻しようが会えなくても問題ないしメールに返事がなくても気にならなかった。今のままと同じだったら私はストレスで死ぬ」

 「お前も普通の女だったんだな」



 彼は私が指摘したそれが原因で恋人と別れたんだと思った。そして変わる気はないってこともわかった。普通じゃない女子と思われてたことを怒るべきなのだろが、これで付き合えないことを納得してもらえると安堵する。



 十年も経つとお互い触れられたくない話もでてくるものだ。ただの同級生として改めて乾杯をした。残りの時間を無難に懐かしい学生時代の話で過ごす。同級生の彼を好きになれたら良かったのに。彼が私を同級生としてではなく女性として好きになってくれてたら状況は違ったのかもしれないと思った。




 居酒屋を出て、夜遅くまで賑わう繁華街を駅に向かって歩く。急に手首を捕まれ細い横道に連れ込まれた。


 「俺と寝てみない?」

 「うんと言うわけないだろ!」


 思わず怒鳴っていた。二杯しか飲んでいないのに悪酔いしそうだ。掴まれた手首を振り払おうともがく私を抑え込んきた。


 「俺のこと嫌いじゃないでしょう」

 私は渾身の力を膝に込めて彼の股間を蹴り上げた。

 「謝罪はいらない。今後連絡しないで!」

 悶絶する彼に吐き捨てて駅までの道を全力で走った。私の言葉は怒りで震えていた。



 電車に飛び乗り追いかけられてないことを確認した。


 怒りがこみあげてくる。何がムカつくって、私を軽くみたことではない。私に恐怖心を植え付けたことだ。

 車内でスマホを取り出そうとしたが、手が震えてできなかった。最寄り駅に着いても手の震えは止まらなかった。



 「こんばんは」

 駅隣接のコンビニの前を通り過ぎた時、男性の声がした。怖さと驚いたのとで小さく悲鳴を上げてその場に座り込んでしまった。


 「驚かせてすみません」と男性は急いで私を駅前のバスのベンチに座らせてくれた。声をかけてきたのは珈琲屋の若者二人だった。


 「かえって二人を驚かせて、ごめんなさい。二人は飲んでたの?」

 「顔赤いですか?匂います?」

 自分たちの服の匂いを嗅ぎながら焼き鳥屋で飲んでいたと答える二人を見上げた。改めて見ると二人ともデカい。威圧感がある。


 「顔が真っ赤よ。私はもう少し座ってから帰るからお二人さんは気にせず帰ってね」

 「僕も酔いを醒ますから、もう少しここにいる。お前は先に帰って」

 この前家まで送ってくれた若者が珈琲屋の息子を無理やり先に帰した。



 「同じ方向なので一緒に帰りましょう」

 正直今日は一人で夜道を歩くことが怖かったから、ありがたかった。心からお礼を言って家に入った。  


 家に入り鏡で化粧が落ちている自分の顔を見て驚いてしまった。ほぼスッピンじゃないかと自分に突っ込み、涙のあとを見つけた。いつ泣いたんだろう記憶にない。今日のできごと全部を流せるようにと、念入りに洗顔した。

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