第15話 ゴールデンウイーク到来
ゴールデンウイーク到来。
残念ながら私には実家に帰る以外に予定はない。前半の三日間を実家で過ごし早々に東京に戻った。
次の日。
図書館の帰りにいつものように珈琲屋寄った。そしていつものように店員でない若者が淹れた珈琲を飲む。若者とは夜桜を見たあの日から会うのは初めてだ。
本を読みながらゆっくり過ごして店を出ると若者が一緒に帰ろう走り寄ってきた。弟のようだと思っていたが、どちらかというと大型犬の仔犬のようだ。
餃子とザーサイを沢山もらったので、今からうちで飲みませんかと誘われて若者の家に向かった。珈琲屋の店長から晩ご飯の差し入れをもらったようだ。
若者の家は私の住むマンションの二軒隣の六階建てビルの最上階だった。
一階は花屋で二階は会社事務所だ。三階からが住居になっているが、エレベーターは五階までしかない。部屋はワンルームだが、部屋と同じぐらいの広さがあるルーフバルコニーがあった。構造を傷つけなければ改装してもいい、原状回復も不要という条件と家賃の安さが気に入って借りたらしい。
借りてすぐに家賃が安い理由がわかったという。夏はバルコニーの熱気が暑すぎて寝れない日があるらしい。
個性的だが生活しやすそうな部屋だった。
設計事務所に勤務してると言ってた事を思い出す。
お酒も最低限の食材もあると言っていたので何か簡単に作れるものがあるか冷蔵庫の中身を見せてもらう。意外にも肉野菜やキムチもあった。ジャガイモのキンピラ、豚キムチ、サラダを若者に手伝ってもらいながら用意する。
若者が自分の家で誰かと料理を作るのもご飯を食べるのも初めてだと言った。あまり自炊をしないというキッチンは小さめだが使い勝手は良かった。
ワンルームのキッチンは対面型でカウターをテーブルかわりにして食事をしていると言うが今日はバルコニーで若者が自分で作ったというウッドデッキ風の大きな縁台で飲むことになった。縁台に不揃いの食器を並べた。
ビールで乾杯をして景色を眺めると遠くで見覚えのあるものがあった。
「あれって、東京タワー?」
「そうですよ。ライトアップされた夜じゃない見えにくいですけどね」
「東京で家から空がこんなに見えるなんて贅沢ね」
「東京には空がないらしいですけどね」
「高村光太郎の智恵子抄だ。私も田舎出身だから本物の空じゃないっていう気持ちはわかる」
「東京出身の僕もわかりますよ。冬は富士山も見えるけど、夏になると光化学スモッグで全く見えなくなりますからね」
「なんて無粋な」
男は現実的だ。若者も男だったと初めて思った。
ザーサイをつまみながら日が落ちて街の灯りついていくのを眺めていた。
いつからか心が動かされるようなものを見たくて、つい探すようになった。自分の足りない感情を補いたいからか、感動した時の感覚をまた味わいたいか、多分その両方なのだろう。東京の空には心は動かされなかった。
「ここの夜景は夜桜ほど食いつくのもがなかったようですね」
若者にもわかったようだ。
「滅多にないものだから貴重でいいのよ。実際自分の目で見てるのに第三者的に見ているように感じたことない?」
「幽体離脱じゃないですか」
「違うでしょう。自分が自分を見てる感じではないから」
一瞬そうなのか、夜桜を見た時私は幽体離脱してたのかと思いそうになった。
二人とも寛いで気持ちよく酔っていた。ふと思った。若者に彼女がいたら誤解されかねない。私が彼女だったら恋愛対象でないとはいえ嬉しくはない。私はここにいて大丈夫かと若者に聞く。唐突で意味がわからなかったようだ。君の彼女に殴られたり恨まれたりしないかと言い直す。若者は今は彼女がいないと変な気の使い方は気持ち悪いと笑った。若者が穏やかで素直だからつい私も素で接してしまっている。若者がお互いに気を使わないのだから何の問題はない、趣味も合うし友達だと断言した。趣味が合うのかは定かではないが、細かい事は気にしないことにした。
私に初めて男友達ができた。しかも若くて長身でかわいい気を使わなくてもいい弟のような存在の。
今までついてなかった分のご褒美か、嵐の前の静けさか、どちらにしても。この穏やかな日々が続きますようにと願わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます