第4話 一目惚れは正しい直感
本日の恒例ランチはビーガン料理だ。
銀座という立地もあり店内はおしゃれな女性客でいっぱいだ。私たちもいつもより頑張って服装に気を使ったが、華やかな雰囲気に気後れし居心地の悪さを感じる。明らかに浮いている気がしてならないが、昨夜の合コンの話で盛り上がっている女性グループの隣の席に私たちは堂々と座った。
私たちは合コンの経験がない。
彼女は恋人がいない期間が短いため合コンをする必要も時間もなく、私は人見知りのため知らない人と会話をしながらの食事は苦痛以外の何物でもないからだ。自ら進んで苦痛を味わいたいとは思わない。以前は会社の同僚に合コンに誘われることがあったが何度か断っているうちに声をかけられなくなった。
隣のグループの合コン話を羨ましく思いながら、「隣は会話も華やかだね」と私が年寄りのような感想を口に出した時、彼女が聞いてきた。
「一目惚れって経験ある?」
生身の人間に興味を持てと言った私に対して、よく聞けたものだ。もちろん私には経験がない。
「人見知りだから無理」
隣の席から合コンで出会った人と明日デートをするという話が聞こえてきた。彼女はそれが一目惚れだと言いたいのだろう。隣のグループの会話に入っていきそうな勢いで断言する。
「直感って意外と正しいと思う。特に女の直感は。迷わず進め!」
女性は嗅覚で男性の遺伝子情報を読み取る能力があって自分に合う男性が直感的にわかると何かの本で読んだことがある。この直感が一目惚れということだ。
合コンで複数の男性の中からデートに行こうと思える相手を見つけたということは、正真正銘の一目惚れだ。合コンをきっかけに恋人に発展し結婚したという話は珍しくない。
一目惚れは割と日常的に起こっているのだ。でも私には一生無縁だろう。その人に興味を持つまでに時間がかかり、さらに恋愛対象だと認識するまでに時間がかかる。そう正直に話すと、感情と脳の回線に異常があるはず、今まで何人かと恋人同士としてちゃんと付き合っていた人がいたことが奇跡だ。
次の恋人は捕まえて絶対離すなと傷口に何度も塩を塗ってくれた。
一目惚れを女性は嗅覚でするものだったら、男性は視覚でするものらしい。だとしたら私には男性から一目惚れされる可能性も極めて少ないということだ。一目惚れされるということは何かしらの特徴が必要だからだ。目が大きいとか、えくぼがかわいいとか。見た目が一般的、ごくごく普通の私は絶対的に不利だ。自分の容姿を見るまでもなく次の恋まで時間がかかりそうだと思った。
一目惚れは美人に有利に働く。その現実を隣の席の華やかなグループを見て痛感する。そして母から言われた批判と嫌味を受け止めることにした。
「所帯を持っていないのだから、所帯染みないで」
実家に戻った時のヨレヨレのTシャツにスエットのパンツ、ノーメーク、天パの髪をひとつにまとめただけの姿に対する批判といつまでも独身でいることへの嫌味だ。早く結婚してほしいとの意味だとわかっているが、それは叶えてあげられそうにないので、せめて老けないように努力をすることが娘の務めだと思った。
「母が老けないでと言うから独身娘の務めとして頑張ることにしたけど、若作りで痛々しい感じだったらすぐに私を止めて」
私は友人にお願いをした。彼女なら正直に遠慮ない言葉で止めてくれるだろう。
私たちは毒にまみれている。だからデドックスしようと友人が言い出し初めてビーガン料理を食べたが、1回のビーガン料理では私たちを浄化できない。私たちの存在そのものが毒かもしれない。
そもそもデトックスしようという本来の口実を忘れ、身体に優しい料理を食べながら彼女が「次は血が滴るような牛肉を食べよう」と言った。
私たちから毒を取ったら個性がなくなってしまう。変えられないものは誰にでもある。
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