第3話 失恋の果て
「生身の人間に興味を持って」
前回の恒例週末ランチで友人からのお小言だ。
半年前、私は約3年付き合った彼に振られた。
彼女曰く、それ以来、私の興味の対象は架空の人物(小説の中の登場人物)か死んでる人(歴史的に有名な人)だそうだ。人付き合いが苦手な私は持て余した時間全部を読書に費やしている。でも彼女がドン引きしたのは読書に費やした時間ではなく、小説のあとがきにある参考文献を可能な限り読んだり、本の中で気になったことを調べる私の行動に対してだ。
これは以前から私の趣味だが、やりすぎたらしい。取りつかれているとまで言われてしまった。
半年前。
彼の海外勤務が決まり突然振られた。
海外勤務になったら5年は帰って来れない。同じ年の私に5年も待っててとは言えない。早くいい人を見つけてほしい。結婚して子供も産んで幸せになってほしいと。私は「誰と結婚しろって言ってるんだ?!」と怒鳴りたい気持ちを抑え、ツッコミどころ満載の言葉を全てスルーして冷静に別れを受け入れた。
別れを告げられた日のことは鮮明に覚えている。
ノー残業デーになっている水曜の夜、会社帰りにそのまま彼の家に行った時だ。
私は夕食のことしか考えてなかった。ソファに座ったままの彼に手を握られ「別れよう」と言われるとは予想もしてなかった。意外にも私の頭は冷静で彼の言葉に心の中では反論してたが、口からでた言葉は「わかった。別れよう」だけだった。
自分の家に帰り一切考えることをやめて一人で泣いた。ただ悲しかった。
翌日から2日間会社を病気だと言って休んだ。仮病ではない。心が重症だった。年のせいか、もう涙は出なかったが。1日目はひたすら眠った。2日目のお昼過ぎに空腹で目覚めて、ふと思った。
もらったプレゼントをどうするべきか。
返した方がいいのかな、返されても困るかな、返したプレゼントを新しい彼女にあげたら、さすがの私も引くわ、と勝手なことを思った。こんなことを連絡するのは迷惑かなと振られたのに変な気遣いをしたり、振られてすぐに身辺整理を考えた自分の薄情さに呆れて笑えた。
馬鹿馬鹿しくなり、とりあえず簡単に空腹を満たせるものを探した。
午後から無心で家にある彼の痕跡を段ボール箱に詰め込んでいった。彼との3年間はたった段ボール1箱でおさまった。
私が一番辛かったのは私とは生涯を共に生きられないと間接的に言われたことだと後からわかった。
彼には3年付き合っても結婚という選択肢は全くなかったのだろうか。
人は経験とともに自分の癒し方を学んでいく。でも年齢とともに別れの辛さは大きくなっていくようだ。それに耐えられる心は育っているのか疑問だ。
当然の様に私は彼と結婚すると思っていた。彼の仕事が落ち着いたら結婚しようと話をしていたから待っていた。催促しなかったのがいけないのか。大きな喧嘩や揉め事もなかったのに、どうしてなのか。本当は不満があっても言えなかっただけなのか。実は好きな人ができたのか。私は答えを知るのが怖くて何も聞かないことを選んだ。彼を詰問してしまいそうな自分が哀れで泣きそうだったのもある。泣いてすがったら彼は考えなおしてくれただろうか。答えを知って、もっとつらい思いをしたら早く気持ちの整理がついただろうか。
自分の癒し方はいまだ試行錯誤だが、彼に対する未練を断ち切る方法はわかっている。今では彼が「君のために別れる」という雰囲気を出してくれたことに感謝している。彼の言動を非難する機会があって救われた。恒例ランチでは私の元カレは「口先くん」という名に成り下がり、私にボロクソな言われようだった。
彼が海外赴任のため日本を去る日の朝、私は例の段ボールを捨て、出勤する電車の中でスマホの中の彼の証跡を全て消した。
今はなぜ別れたのかわかる。私は嫌われたくないという気持ちから遠慮していた。彼もそんな私を察していたんだろう。好きなだけで付き合うことはできても、本心が言えない関係では付き合い続けることはできない。
私は自分をさらけ出した恋愛ができるだろうか。
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