第2話 純愛って共感できない
「純愛って共感できない」
私はビールを一気に飲んで言った。神楽坂のイングリッシュパブの店内はランチの時間をとっくに過ぎているのに意外と混んでいる。
今の私のブームは古典文学だ。
そしてこれはディケンズの『二都物語』を読んだ感想だ。
『二都物語』はフランス革命前後の歴史小説で、内容は割愛するが、主人公の女性に片思いをしている男性の言動がまさに私が思う「純愛」なのだ。小説の中のその男性は主人公の女性の好きな人の身代わりになって処刑台にあがって死んでしまう。
古典文学は学生時代に一通り読んだが、年を重ねた今読み返して若い頃には理解できなかったことがわかったり感じ方が変わった作品もある。でもこの小説は若いころと変わらない。この小説の登場人物のどの立場になってみても「わからない」のだ。報われない愛のために死ぬなんて、そのモヤモヤ感を彼女にぶつける。
「二都物語が純愛の基準だったら究極すぎでしょう。恋愛において純愛は存在しない。恋愛はエゴそのもの。純愛はざっくり初恋の片思いってイメージよ。純愛は人生で1度だけ」
酔う前から自分の恋愛の話かと期待したのに、小説の話でつまらないと友人は笑って答えた。
ざっくりすぎる……
映画「オペラ座の怪人」の感想を「ストーカーとストーカーを踏み台にして、のし上がった女の話」と一言で片づけただけある。
初恋の片思いの期間か。「見返りを求めないただ好きでいるだけの時間ってどのくらいなんだろう」とひねくれた返事をした。
そんな小説の純愛より自分の恋愛はどうなっているのかと、お小言が始まる。
彼女には常に恋人がいる。別れても三ヶ月以内には新しい恋愛が始まっている。小柄だけどスタイルがよくスッキリとした顔立ちの美人だ。でもモデルや女優のような華やかな美女ではない。女性をアピールできるタイプでもないし、できたとしても直ぐにボロが出てしまうだろう。性格は控えめに言っても気が強い方だ。なのにいつも「ちゃんとした男性」が寄ってくるのだ。
「今の彼は付き合って二年だっけ?」
「一年半。やっと落ち着いてくれて今のところ順調」
彼の猛烈なアピールに根負けして付き合い始めた。交際当初の彼女の口癖は「うっとうしい」だった。その頃のエピソードを思い出し噴き出してしまう。
帰国子女の彼はデートの時は彼女の家まで花を持って迎えに行っていた。その花はなぜか毎回、仏花だった。私が彼女の家に行った際、黄色や白の小菊の花瓶が3つもあり驚いて思わず「実家で飼っている犬が死んだ?」と聞いてしまったぐらいだ。彼のために言い訳をすると私たちの住んでいる文京区は寺や神社が多い。最寄り駅から彼女の家までにあるスーパーは仏花をメインにおいてあるのだ。そして帰国子女の彼には仏花だと認識がない菊の花束は純粋にかわいいと思ったのだろう。
毎日「今日何してた?」と聞く彼に「仕事。明日も明後日も!同じ会社にいて寝てたんかい!今度聞いたらぶっ飛ばす!」と怒鳴った結果、やっと落ち着いたのだ。
「落ち着いてよかった。あんたが彼に暴力振るってしまうんじゃないかと心配だったよ」
「暴行罪で捕まるとこだった」
純愛とは程遠い会話。初恋の片思いから何度も恋愛した果てだ。
店の窓から外を見ると彼女を迎えに来た彼が見えた。
「今まで怪我もなく無事で彼女の友達として嬉しい」
私が友人の彼を迎えると、彼は私の冗談に動揺せず彼女の隣に座りビールを注文した。
「今日は二人の生贄になる覚悟をして来た」
冗談を冗談で返すなんて、成長したな。私より2歳年上の友人の彼に対して失礼な事を心の中でつぶやいた。
初恋の片思いが純愛だったら、ほとんどの人が純愛を経験していることになる。
私の初恋は片思いで終わった。今では初恋の人の顔さえぼんやりとしか思い出せないが。
フライドポテトかオニオンリングにするか注文で揉めてる2人を見ながら、私の初恋は純愛だったのだろうか、とほろ酔い気分で考えていた。
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