日常にスパイスを

真夏

第1話 ストレス発散法

「無能と低能、どっちがいい?」


 親友と週末ランチを楽しんでいた時に聞かれた言葉だ。



 社会人になると嫌でも1日のほとんどの時間を会社で過ごす。お互い大人の対応をしていてもトラブルは起こる。

 社会人になってわかったことがある。会社で大人の対応ができる人はかなり少ない。

 今まで十年働いていてそう思えたのはたった一人だ。だから嫌な事には事欠かない。

 親子の間でさえ長時間一緒にいると揉めるのだから、会社での不快な出来事は避けようがないと諦めるしかない。


 だから人は心の中に隠している不快感や不満を解消するすべを身につけていく。それはカラオケで大熱唱したり、運動したり、お酒を飲むことだったりと様々だけど、私は友人との辛辣な会話と一人で楽しむ珈琲だ。



 32歳、独身、ОL。

 現在恋人なしの私は必然的に仕事中心の日々を過ごしている。

 仕事中心と言ってもキャリアウーマンではない。部長秘書兼アシスタント。秘書は適正とはとても思えないが部長が器の大きい人でなんとか続けられている状態だ。


 人見知りで人付き合いが悪い。でも幸いにも私には「親友」と呼べる友人が一人いる。


 彼女が私の辛辣な会話の相手。

 2つ年下の彼女は会社の元後輩。約8年の付き合いだ。

 なぜ仲良くなったか、いまだに謎だ。


 彼女は私の勤めている会社に早々に見切りをつけ転職した。仕事も恋も順風満帆な生活をおくっている。順風満帆でもストレスはある。


 彼女にとっても辛辣な会話はストレス発散となっているようだ。勤務先も違うと平日に予定を合わせることが難しくなった。お互い一人暮らしで家が近いこともあり、ストレス発散は週末ランチが恒例になっている。もちろん毎週ではないが、昼間からお酒を飲む優越感もあって遅いランチで毒を吐きまくっている。




 「無能と低能、どっちがいい?」


 神保町の日本酒バーで冷酒片手に話す私たちの姿は大手町のОLのイメージからはかけ離れている。ジーパンにセーターというラフな服装も会話も週末のおやじくさい。気を使わず会うためか、お洒落をして会うという考えがお互いにない。


 今、彼女は仕事ができない後輩に振り回されている。営業職の彼女は毎年新人教育というストレスがある。今年の後輩は最強のようだ。何度も失敗を繰り返す後輩に心の中で何度も言ったセリフだそうだ。後輩のありえない失敗談を面白おかしく聞かされた後、後輩には言えなかったセリフを私に言ってきた。


 「断然、低能でしょう。0ゼロか1イチだったら少しでも多い方を選ぶ」

 そう言い切った私に対し、

 「私は潔く無能だな。ハゲかバーコードか、だったらハゲがいい。もともと、そっちがハゲ好きなのに」

 と暴言を吐き、さらに難問をぶつけてくる。


 「じゃ、無知と無能は?」

 これは自分が失敗をして、言い訳を頭の中で考えてる時に思うことらしい。

 失敗を認めなくない気持ちがあり、私も似たようなことを考える。知らなかったと言い訳すると無知になり、知っていての失敗は無能だと宣言している事になる。


 究極の選択に、私が世界一かっこいいと思っている人の前髪が後退しているだけだ、スキンヘッドが似合うのはいい男だけだ、という反論を後回しにした。


 「嫌だけど、無能」

 「同意。珍しい」

 と彼女は笑って、乾杯をした。


 私たちは変わり者ということ以外の共通点を見つけることが難しい。

 見た目も好みも似てない。意見が合うことも滅多にない。それでも何でも話せるのは二人ともいい加減な性格だからに他ならない。


 私は彼女とのくだらない会話やこの時間を異文化交流と思って楽しんでいる。変わり者の私たちでも会話の内容は世の一般女性同じく、恋愛か仕事のことが大半を占める。居心地がいいからか、私の恋愛に関する彼女の辛辣な意見も何故か素直に受け入れることができる。




 恒例ランチの次の日、図書館で借りた本をもって行きつけの喫茶店に行った。毒を吐き切った後の珈琲は格別だ。珈琲の香りを堪能しながら、ストレスのない状態は今この瞬間ではないかと思った。

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