第7話  決戦魔機獣

「雨ですねぇ」


 空を見上げて、メーリィが呟いた。


「降ってますねぇ、雨」


 つまらなそうにユーフィが呟いた。


 ここ数日、青写真を使った写真家の育成が済んで手持無沙汰になった双子はあちこちで写真を撮っていた。

 子機の設置場所を一度は見ておいた方がいいということで魔機車に揺られつつ、立ち寄った村や町で写真を撮るのどかな日々を送っている。


 嵐の前の静けさ、という単語がトールの脳裏をよぎった。


「雨だとやっぱり写真は撮れないか?」

「撮れないこともないですが、どうしても日照時間の関係で時間がかかります」

「なら、今日はもう出発するか」


 トールは魔機車のカギを手にして、宿の部屋を出る。


「今日でしたよね、全種族会議」


 ユーフィが空を見上げて不安そうにつぶやく。

 世界滅亡の回避に向けてあらゆる種族が協力関係を正式に結ぶ全種族会議は今日開催される。

 それを考えれば、雨天というのは幸先を悪く感じた。


「現地は晴れてるだろ」


 地理を思い浮かべながら、トールは会議場のある北の方角を見る。

 今頃はAランクパーティ金城や俯瞰のミッツィが会議場周辺の警護に当たっているはずだ。

 今後の世界の趨勢を決めるほどの重要会議である。どれほどの戦力が護衛と警備に駆り出されているのか。


「獣人や鬼の方にも会ってみたかったですね」

「トールさん、全部終わったら獣人の集落に連れて行ってください」

「別に構わないけど、魔機車で入れる場所じゃないぞ?」

「それを聞くとちょっと悩みますね。今から会議場に行きましょうか?」

「要人なんだから、会えねぇよ」

「私たちも今や要人ですよ?」


 言われてみれば、世界を覆う結界を張る大役は双子にしかできない。まさに作戦のカギを握る要人である。


「結界を張る巫女様ですよ。さぁ、敬ってください!」

「大事にしてください。さぁ、さぁ!」

「おしとやかさの足りない巫女様だな」


 苦笑しつつ、宿の部屋を引き払ったトールは髪を撫でつけて双子に手を差し出す。


「お手をどうぞ。魔機車までご案内しましょう」

「……ぷふっ」

「おい、笑うなよ」

「想像を絶する似合わなさに思わず、すみません」


 揃って口を押えて笑いをこらえる双子に胡乱な目を向けて、トールはさっさと宿を出る。

 双子が笑いながら小走りに後を追った。


「怒らないでくださいよ。無茶を言ってすみませんでした」

「どうせ、乱暴者だよ」

「拗ねないでください。似合わなかっただけで、面白さは認めてますよ?」

「フォローになってねぇ」


 魔機車のキャンピングトレーラーの扉を開けて双子を入れ、トールは運転席に回り込む。

 ハンドルを握ったトールはゆっくりと駐車場を出ながら二人に声をかけた。


「話を戻すが、会議はどうなるだろうな」

「特に波乱もなく終わると思いますよ」

「だといいんだが……」

「この手の会議は事前に手紙で意見のすり合わせをしておくものです。会議に出席した時点でもう方向性は定まっていますよ」


 政治的なことには疎いトールは、双子が言うならそう言うものなのだろうと納得せざるを得ない。


「方向性に反対の立場なら手紙の時点で交渉を打ち切ります。会議の場に出ておいて決裂するのは政治家としては失点になるんですよ。自分が無駄足を踏み、相手に無駄足を踏ませ、関係も悪化します。元から関係悪化を狙うなら別ですが、全種族が方向性を同じくする会議でそんなことをしても不利益を被るだけでしょう」

「なら、心配はいらないか」


 滑らかに走り出した魔機車は町を囲む防壁を潜り抜けて街道に出る。


「ところで、巫女の私たちを守る騎士様にちょっと質問が」

「この粗忽な乱暴者に何か?」

「根に持ってます?」

「別に?」

「では、私たちの旦那様に質問が」

「……なんだ?」

「照れてます?」

「別に?」


 話が進まないのでトールはバックミラー越しに双子に話の先を促した。

 メーリィが真面目な顔になって質問する。


「――詳細不明の決戦魔機獣って本当に存在すると思いますか?」


 その質問に、トールは頷いた。


「いてもおかしくないな」


 結界魔機の起動を行えば、必ず魔物や魔機獣が集結する。

 集結する魔機獣の中で特に注意すべき種類について、旧文明時代を生きたエガラ・ストフィはいくつか挙げたうえで最後に頭に入れておいてほしいといったのが、決戦魔機獣だ。


 吸血鬼や獣人の集団に対抗するために開発が検討されていたというその魔機獣は、エガラ・ストフィが吸血鬼化した頃はまだ計画段階であり、詳細は不明だという。

 極秘で製作されていたこともあって完成したのかすらも謎のまま、旧文明は滅亡している。


 だが、計画段階で理論上は千歳超えの吸血鬼の魔力量を上回ることが可能なうえに複数種類のエンチャントの同時使用ができる。

 魔石を複数内包するキメラ型の魔機獣とのことだが、外見を含めたデータが存在していない。


「あちこちの危険地帯に出向いたが、複数の魔石を持っている魔機獣は見たことがない」

「対策ができないのは怖いですよね」

「どうせ魔機獣の群れと戦うことになるから、準備することはあまり変わらないんだけどな。事前に強力な魔機獣がいるって頭に入れておけるだけマシだ」

「その準備自体は終わっているんですか?」

「発注していた鉄杭も届いたし、マキビシの追加と鎖戦輪の予備もある。後は現場に罠を張っておくくらいだな」

「トールさん以外の方も護衛に着くんですよね?」

「金城とかが来ると思う」


 護衛や警備に関して右に出るものがいない序列五位金城の他、周辺の冒険者の能力を底上げしたり、偵察が可能なエンチャントの持ち主を幾人か思い浮かべる。


「ただ、現場は広大な草原だから分散配置になるだろうし、二人のそばは俺だけだろうな」


 広域での高速戦闘が可能で多数相手の戦闘に慣れ、攻撃範囲が広く対空攻撃も可能な冒険者となるとほとんどいない。

 トールは思い出したように二人に注意する。


「二人とも作戦中は金属製品を身に着けないでくれ。身に着けていると比喩抜きで死ぬぞ」

「何をする気ですか?」

「派手に赤雷をばらまくから、エンチャントをしてても強度が低いと感電死するんだよ。そうでなくても、魔機獣が相手だとデータを吹っ飛ばす時に火傷しかねないしな」

「常々思っていましたけど、とてつもない電力ですよね」


 呆れたように言う双子に、トールは肩をすくめる。


「二人を守る以上、本気を出さざるを得ないだろ」

「いい心がけですね、騎士の旦那」

「それ意味違くね?」

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