第6話  世界初の記念写真

 夕方近くに『ブルーブラッド』のクランハウスに戻ると、ユーフィはすぐにピンホールカメラに布を被せ、クランハウスの中の作業場に持ち込んだ。


 暗幕を垂らして暗室を作ったメーリィと共にユーフィが現像作業を始める。

 現像といっても、余分な感光材を水で流すだけだ。すでに太陽光で感光紙上には青写真が浮かんでいる。

 洗浄せずに放置してしまうとさらに紺青が生成され、写真全体が青く塗りつぶされてしまう。


 急造の暗室は狭いため、トールは外でリスキナンから渡された写真家の卵たちの名前一覧と代表作だという絵のタイトルを眺める。


「絵は詳しくないんだ。代表作といわれても分からない。人柄はどうなんだ?」


 トールの質問に、リスキナンは苦笑する。


「吸血鬼事件を起こしたクランのリーダーの私の言葉では信用できないと思いますが、全員真面目な人物です。新しい物を取り入れることにも貪欲ですし、何人かは旅慣れてもいます。なにより、口は堅い」

「そうか。なら大丈夫だろ。後は代表作とやらを二人に見てもらって、正式決定したら訓練だな」

「戦闘力は必要ありませんよね?」

「写真を撮るだけなら問題ない。一応、護衛はつけておいてくれ」


 子機を仕掛ける位置を地図で教えていると、ユーフィとメーリィが暗室から出てきた。


「トールさん、これが世界初の写真ですよ!」

「額縁に入れて魔機車の中に飾りますね!」

「その前にリスキナンに見せてやれ」

「うーん、なんだか、三人だけの宝物にしたい気持ちがふつふつと……」

「目的を見失うなよ」


 また半日も時間をかけて撮影するのは手間がかかる。

 トールが説得すると、双子は渋々青写真をリスキナンに見せた。

 鎖戦輪や絵、論文などが一枚に収められた青写真を見て、リスキナンは目を輝かせる。


「すごいですね。輪郭もしっかりとらえている。さすがに、絵に何が書いてあるのかまでは分かりませんが、これなら周辺の状況を正確に写し取れますね。半日でこれはすごい」


 べた褒めするリスキナンの横で、トールは青写真を覗き込む。

 カラー写真、デジタル写真を見慣れているトールから見れば、青写真は実に古い写真といったモノだった。どうしても鮮明さに欠けているが、背景の魔機車を含めて物の輪郭と遠近感はしっかり青の濃淡で表現されており、今回の目的には十分活用できるだろう。


「ユーフィ、メーリィ、これが写真家の候補だとさ」

「見せてください」


 ユーフィが名簿と代表作を見ていく。


「リスキナンさん、レプリカでもいいので、代表作を実際にいくつか見せてください」

「屋敷の蔵にレプリカを保存しているので、お見せしましょう」


 リスキナンが作業場を出て、外に控えていた部下に留守を任せる。

 リスキナンに案内されて、トール達は揃ってクランハウスを出た。

 『ブルーブラッド』のクランハウスは領主の館にほど近く、魔機車は置いて徒歩で向かう。

 リスキナンがトールに声をかけた。


「トールさんの故郷ではああいった写真が誰でも撮れるんですか?」

「色付きの奴が撮れるし、何時でも一瞬で世界中の誰とでも共有できるよ」

「画家の食い扶持が無くなりそうですね。複雑な気分だ」

「現実にないものを書けばいいんだし、現実にある物を要約したり、見せ方を変えるのも芸術だろ。なんだかんだで、俺のいた世界でも画家は生き残ってるよ」

「朗報ですね。私は最後の画家世代に生まれたのかと思いましたよ」


 リスキナンは安心したように笑った。


 領主の館はそれなりに大きな建物だった。

 有事の際には住民を保護する目的もあるため、避難所として使用できる大き目の建物などが併設されている。


 リスキナンに案内されたのはいくつかある建物のうちの一つ。敷地を囲む塀のそばにある倉庫だ。

 慣れた様子で中に入ったリスキナンは棚にある年月日を確認しながら奥へと進んでいく。


「地下の方が広いんですけどね。最近の作品はまだこの辺りにあるはずです」

「独特の匂いがするな」


 絵具の匂いだとは思うが、嗅ぎなれないその匂いにトールは鼻を押さえる。

 双子は気にならないらしく、興味深そうに棚を覗き込んで作品を鑑賞していた。


「これ、キリシュさんの絵ですよ」

「へぇ、どれどれ」


 メーリィが偶然見つけた絵を覗いてみる。

 風景画のようだ。穏やかな水面に水生植物が鮮やかな緑を主張する。遠くにはうっすらと青く山脈が描かれ、笠雲がかかっていた。

 故郷、と題されたその絵を見るトール達にリスキナンが声をかけてくる。


「つい最近の絵ですよ。コンテストで金賞を取ってますが、応募の手紙に寄贈する旨が書かれていて、当家で保管しています。まさか吸血鬼が描いた絵とは思いませんでしたけどね」

「トールさん、この景色を見たことってありますか?」

「いや、ないな。この山は北方シュリーヘルだと思うが、こんな池はなかったと思う」

「地形が変わったのかもしれないですね」


 絵師であるキリシュは吸血鬼だ。年齢は三百歳と自己申告しているため、彼の故郷の地形も多少は変化しているだろう。

 どんな気持ちでこの絵を描いたのかは分からないが、クラムベローを出る直前まで描いていたのはこの絵なのだろう。

 リスキナンが写真家の候補たちの絵のレプリカを持ってくる。


「どうでしょうか?」

「私たちが現地を思い浮かべやすいよう、分かりやすい構図の方がいいので――」


 ユーフィとメーリィが吟味しながらレプリカを眺めていく。

 結論が出るまでしばらくかかりそうだと眺めていると、不意に倉庫に人が入ってきた。

 視線を向ける。


「お、ベロー家の当主」

「軽いな」


 トールが片手をあげてあいさつに代えると、ベロー家当主は気分を害した様子もなく歩み寄ってくる。


「太陽聖教会の件は片付いたのかね?」

「片付いたよ。かなりごたごたしたけどな。詳細については守秘義務があるんで、内緒ってことで頼む」

「詮索はしないとも」


 ベロー家当主はトールの横に立つと、リスキナンと双子を見る。


「話は聞いた。青写真とやらは成功か?」

「成功だ。後は写真家の訓練をして、実際に撮るだけだな」

「そうか」


 頷いたベロー家当主は続ける。


「資金や政治力が必要だろう?」

「話をすっ飛ばすなぁ」

「飛ばしてよい相手は選んでいるさ。それで、どうなんだね?」

「政治力の方は多種族連合のごり押しでどうにかする。だが、人間の中には世界の滅亡なんて信じない奴が必ず出るだろうな」


 子機や親機の防衛でかなりの戦力が必要になる以上、人間も含めた全人種の協力が必要だ。

 作戦中どうしても手薄になる都市や街からは反発もあるだろう。これを黙らせる政治力をトールが確保するのは難しい。

 ベロー家当主は予想していたように大きく頷いた。


「当家は全面的に協力しよう」

「いいのか?」

「クラムベローは芸術の都だ。この手の産業は世界が平和でなければ繁盛しないのでな。いわば、投資だよ」


 にやりと笑うベロー家当主にトールも似たような笑みを返す。


「フラーレタリア議会やファンガーロ議会に繋がる伝手がある。俺や双子だと政治的な足場がなくて持てあましていたんだが、あんたなら使えるだろ?」

「早速、利益を還元するとはありがたい投資先だ」


 ベロー家当主はそう言って、政治方面での活動を請け負った。

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