第5話  観光資源(人)

 ユーフィが用意した紙に先ほど作った溶液を二種類とも塗布する。

 メーリィが持ってきたお手製ピンホールカメラに紙をセットし、クランハウスの外に繰り出した。

 魔機車をバックに撮るとのことでトールは二人に聞く。


「撮影時間ってどれくらいだ?」

「日照条件などにもよりますけど、ざっと八から十時間でしょうか」

「……記念写真とか、無理じゃね?」

「人物写真を撮ってみたかったですけどね。今回は魔機車を背景に物を撮りましょう」

「そういうわけで、トールさん、中央においてください、鎖戦輪」

「そういう趣旨か」


 魔機車に積んである組み立て椅子の上に鎖戦輪を置いて魔機車の側面に置く。

 ユーフィとメーリィがそれぞれ絵と本を持ってきた。

 トールはユーフィが置いた絵に眉をひそめる。


「その絵……」


 クラムベローで落陽を落とした際の絵だ。

 いつの間に描き上げたのか、クラムベロー上空に浮かぶ落陽とそれを貫く赤い雷光が臨場感たっぷりに描かれている。

 リスキナンが感心した様子で腕を組み、鑑賞を始めるほどの出来である。

 ユーフィは腰に両手を当てて胸を張る。


「代表作になるので!」

「さいですか……」


 トールは諦めてメーリィを見る。

 メーリィが置いたのは落ち物の本『ダズラータム宗祭事書』だった。

 しかし、自分を表すものとして本を選んだものの納得がいかないのか、気難しそうに腕を組んで本を見つめている。


「……ストフィ・シティについてまとめた論文の方にしましょう」

「そんなもの書いてたのか」

「いろいろと考古学的な新情報が出てきたので論文にまとめるようギルドから要請があったんですよ」


 魔機車の中から件の論文を持ってきたメーリィが組み立て椅子の上に置き、ついでとばかりに炭酸ポーション、魔石の充填用の蓄音機、アセチレンランプなどの発明品を並べていく。


「こんなものですかね。旅の記録にもなりそうですし」

「ユーフィとメーリィの活躍がずらりと並んでいるようにも思えるんだが」


 発明品に囲まれる愛用の鎖戦輪を微妙な顔で見るトールに、リスキナンが声をかける。


「落陽の魔石でも持ってきましょうか?」

「うーん、いらないや。写真に納まらなくなりそうだし」


 カメラを構えるユーフィの指示に従って位置を調整して構図を整え、焦点を結ばせた後に感光紙をセットする。

 トールは空を仰いだ。雲はなく、雨の気配もない。


「数時間か。薬品はどれくらい保存できるんだ?」

「光に充てなければかなりの時間保存できます。現像も流水で残っている薬剤を流すだけです」

「カメラマンさえ確保できればいいわけだ」

「薬剤の生産はトールさん頼りですけどね」


 メーリィがリスキナンに向き直る。


「撮影に時間がかかりますからしばらく休憩にしましょう」

「分かりました。では、そのカメラマンとやらのなり手の目星をつけておきましょう。風景画を描ける旅慣れた者がいいでしょう?」

「はい。お願いします。私たちは吸血鬼さんからお土産を頼まれているので昼食を食べに行くついでに買ってきますね」

「お土産、ですか?」

「吸血鬼も大好きブラッドソーセージです」


 お土産に頼まれた品を聞いて、リスキナンが笑い出した。


「世界を救った暁には謝罪も兼ねて吸血鬼の隠れ里に届けたいものです。手紙を届けてもらえますか?」

「構いませんよ」


 クランハウスに戻っていくリスキナンを見送って、トール達は街に繰り出した。


 以前来た時は派閥対立の問題や落陽のごたごたであまり散策もできなかったが、今日はのんびりできそうだ。

 ユーフィとメーリィが道の左右を見て面白そうなものがないかを探している。

 トールは以前、入り損ねた料理屋を探していた。


「街の南の方だったかな。二人とも覚えてる?」

「覚えていますよ。こっちです」

「さすがの記憶力だな」


 キリシュの家でブラッドソーセージは食べたが、トールが食べたかったのはワイン煮込みや鳥系魔物の串焼きだ。

 食べられなかったのを密かに悔やんでいたトールは期待しながら道を曲がり、件の料理屋の前で思わず足を止めた。


 こじんまりとした料理屋である。漆喰塗りの白い壁に観葉植物が植わったプランター。入り口の横にはメニューが刻まれた木の板が置かれている。

 目当てだったワイン煮込みなどの料理、ドリンク類も取り揃えてある。

 そして、でかでかと新メニューが書かれていた。

 ――赤雷イメージの特製ソーセージ!


「よし、別の店にしようか」

「逃がしませんよ」


 がしっと左右から腕を取られ、双子に店の中へと引きずり込まれる。


「三人でテーブル席をお願いします」

「はーい、ただいま――赤雷!?」


 店員がトールを見るなり目を丸くして声を上げると、厨房から店長が出てくる。


「おぉ! 奥へどうぞ! あ、御代は結構ですのでサインを頂きたいのですが」


 厚紙を持ってくる店長にトールは辟易し、首を横に振る。


「代金は払うからサインは勘弁してくれ」

「そうですよ。事務所を通してもらいましょうか」

「メーリィ、ややこしくしないでくれ」


 厚紙を持ってしょんぼりと厨房に帰っていく店長だったが、包丁を握るとスイッチが入るのかすっと真面目な顔になって調理を開始する。

 ユーフィが首を傾げた。


「注文してないのに調理を始めてますね」

「空回りするタイプなんだろうなぁ」


 サービスで頼んでないものを出してくる可能性があるものの、トールは店員を呼んで注文を通す。

 メーリィがメニューを眺めて感心したように言う。


「以前に店の前を通った時と料理の内容が変わってないのにメニュー名だけ変更されてます。赤い血から赤雷に」

「たくましい商売してるな」


 少し店長の評価を上方修正するトールに、ユーフィが苦笑する。


「トールさんってこういう小手先の技術を評価しますよね」

「頭が柔らかい奴は素直に尊敬してるんだ」

「サインしますか?」

「うーん、もう一押し欲しいよなぁ」


 自分のサインにそれほど価値があると思っていないトールだが、不用意に目立つのが嫌いなためサインを出し渋る。

 落陽を落とすためとはいえ、派手に大技を出して顔が知られているため今さらな気もしつつ、トールは運ばれてきた皿を見た。


「……赤いな」

「真っ赤ですね」

「当店の新名物、赤雷ソーセージです」


 よほどの自信作なのか、店長自らが持ってきたそのソーセージは赤雷をイメージしているというだけあって真っ赤だった。

 しかし、トールには見覚えがあった。


「これ、チョリソーじゃね?」


 一口食べてみると、辛みはない。パプリカで赤さを出し、ドライトマトを刻んで入れてあるらしい。

 水気は少なくギュッと引き締まったひき肉の旨味とトマトの旨味が調和し、程よいトマトの酸味がくどさを打ち消す。

 悔しいが、美味かった。


「店長、さっきの厚紙を持ってきてくれ」

「ありがとうございます!」


 店長がトールの心変わりを喜んで厚紙を取りに行った。

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