第2話  滅亡回避の策

 フラウハラウに戻ってきたトール達を見たエミライアはつまらなそうに唇を尖らせた。


「なんじゃ。モタモタしているようなら相談にのってやろうと思っておったのに、簡単にくっつきよったな」

「何歳になっても恋バナが好きなのかよ」

「根元は変わらずとも世代や種族によって差異がある故な。その違いを比べるのがなかなか楽しいものじゃ。双子よ、後で詳しい話を聞かせよ」

「駄目ですね。今日はトールさんと思い出のスパークリングワインで旅の軌跡を振り返る予定なので」


 トールの両腕にそれぞれしがみついてエミライアの誘いを断った双子は、真面目な顔に戻って続ける。


「それより、お話したいことがあります」

「報酬の件が定まったか」

「はい。世界崩壊の回避方法について、ご相談したいです」


 聞きたい、ではなく、相談したいという双子にエミライアは見定める様に目を細める。


「ふむ。よかろう。面白い話ではないと思うが、昔話も交えて話してやろう。中に入れ」


 エミライアに招かれるまま彼女の家に入る。老人、エガラ・ストフィが紅茶を用意していた。

 鮮血のように赤い紅茶は独特の甘く爽やかな香りをしている。テーブルを囲んで座ると、エミライアが口を開いた。


「すでに知っての通り、我ら吸血鬼はもともとこの世界の住人ではない。別の世界から計画的に移住してきた種族じゃ」


 旧文明の崩壊期にやってきたエミライアたち吸血鬼が元の世界の崩壊から逃れてきたことはエガラ・ストフィの手記で知っているため、トールと双子は無言で先を促した。


「ダンジョンが増え、世界同士の衝突が原因で世界が崩壊に至ると判明するまでさほど時間はかからなかったのじゃ。問題はその後でな」


 エミライアたちがいた世界では世界崩壊までの猶予が判明するや否や、寿命の短い人類は猶予期間の長さから緩やかな絶滅を選び、人口が急減していったという。

 寿命が存在しない吸血鬼たちは大いに慌てたが、絶対数が少ないこともあって研究を進めることができなかった。

 死を待つよりはと次善の策として用意していたダンジョンの先の世界の観測方法を用いて移住先を決め、吸血鬼たちと残り少なくなった人類は様々な世界へと散っていった。


「中には地球世界もあったのじゃ。先遣隊がちょっと見つかってしもうて、魔女狩りとかいうのをやられておったが大丈夫じゃろうか」

「……さぁ?」


 サブカルの鉄板キャラとして弄りまわされていますとは言えず、トールはすっとぼける。双子も気まずそうに視線をそらした。

 何事かを悟ったエミライアが胡乱そうに見てくる。


「まぁよい。この世界に来てから我はエガラの助力も得て世界崩壊を食い止める方法を模索した。その一つが、ダンジョンの封印魔機じゃ」

「やっぱり、あれは世界衝突の応急処置なのか」

「うむ。光剣のカランの前にもこの里出身の冒険者を何度か送り出してな。普及させたのじゃ」


 エミライアの目配せを受けたエガラ・ストフィが魔機をテーブルに置いた。

 トールは興味を惹かれて手を伸ばす。普及している封印魔機よりも大型で、形状も異なっていたからだ。


「試作品か?」

「いや、普及したものをさらに発展させた物、大規模結界魔機じゃ」


 エミライアはそう言って、首を横に振る。


「未完成じゃがな」

「どういうことだ?」


 ダンジョンの封印魔機であればすでに機能としては十分なものが普及している。発展させると言っても方向性が分からない。

 エミライアは紅茶を一口飲むと、質問に答えた。


「それはこの世界全体を覆う結界を起動するための結界魔機じゃ。それを起動させれば、今後ダンジョンは発生せず、世界衝突も起こらない」


 世界崩壊を食い止めるキーアイテムと知って、トールはそっと結界魔機をテーブルに戻した。

 ユーフィが結界魔機を眺めつつ質問する。


「未完成というのは?」

「いくつかある。まず、消費魔力量が多すぎて、そもそも起動できぬのじゃ。我の魔力量をもってしても起動せぬ。一度起動すれば、この世界の魔力を適度に拝借して維持し続けられるのじゃが、起動に必要な同質の魔力を大量確保できぬ以上、失敗作とすら言える」

「大量確保できますよ、同質の魔力」

「……なに?」


 エミライアが耳を疑って問い返す。


 年経るほどに魔力量が増す吸血鬼の中でも最古参であるエミライアの魔力量をもってして不可能なのだ。おそらく、この世界に存在するどんな生物でも足りないことになる。

 だが、ユーフィはあっさりと解決策を提示した。


「魔石の充填技術を転用すれば同質の魔力に変換できます。幸い、ここには吸血鬼も多数いますから、協力を得ればかなりの量を確保できます」

「魔石の充填技術なんぞ開発されとったのか。いつの間に……」

「ご存じではありませんでしたか。開発しました、私たちが」


 双子が揃ってVサインをする。エミライアが唖然とした顔でエガラ・ストフィを振り返った。


「この双子、お前が四苦八苦してついぞ成し遂げられんかったことをしよったぞ」

「どうやったのか興味はあるが、いまは話を戻すべきだろう」


 冷静にエガラ・ストフィが話を戻し、結界魔機の更なる問題点を挙げる。


「この結界魔機は親機と子機に分かれている。すべてを同時に起動する必要があるのだが、それには子機を置いた場所を起動者が正確に思い浮かべる必要がある。世界を覆うほどの大量の魔力を操作しながらとなると、どんな熟練者でも難しい。通信方法を考えているが目途は立っていないのだ」

「あぁ、それならこの双子にとっては簡単じゃねぇかな」


 トールは双子の特性を思い浮かべて口を挟む。


「この双子、思考を共有しているからマルチタスクが得意なんだ」

「そういえば、繋がっておったな……」


 エミライアが双子を見て苦笑する。

 懸案事項が次々に解決していき、笑うしかないといった様子だ。

 エガラ・ストフィも苦笑しつつ、続ける。


「正確に思い浮かべる必要があるのだ。最低でも、子機周辺の地形や障害物、植物の位置までな。相当な記憶力が必要だが?」

「それほど正確性が必要なんですか」


 メーリィが呟いて、ユーフィと何らかの思考共有を挟んだ後、続けた。


「実験が必要ですが、解決策に心当たりがあります。クラムベローに行ってベロー家に協力をお願いしたいですね」

「これも解決できてしまうのか……」


 エガラ・ストフィが眉間を揉んだ。

 ため息をついたエミライアがトールを見る。


「まだ最大の問題があるのじゃ」

「まぁ、予想はつくな。魔物や魔機獣だろう?」


 世界を覆うほどの大規模魔法だ。行使される魔力量は莫大で、とてつもない魔力異常が発生する。

 魔力濃度が濃い場所を求める魔物や魔機獣が世界中から集まってくるはずだ。

 結界魔機を起動するまでの時間、襲い掛かってくる大量の魔物と魔機獣を食い止める必要がある。


「正直、どんな強力なものが来るかわからんぞ。落陽クラスは確実に来る。一度大規模結界が発動してしまえば、世界中に魔力が分散する故、魔力異常は感知されなくなるのじゃが……」

「吸血鬼の助力は?」

「当然協力したいが、落陽がくればデイウォーカー以外は即死する。そもそも、結界魔機の起動に魔力を提供する故、全員使い物にならぬじゃろう。魔力回復のポーションを飲んでも全快にほど遠い故な」

「獣人やエルフなんかの他種族は?」

「子機を守る方にも戦力を割く必要がある。獣人や鬼族のような強力な種族を優先配置することはできぬ」

「戦力不足は否めないか」


 元々、都市や町といった生存圏を魔物や魔機獣を相手に守るので精いっぱいだったのだから、人類も余剰戦力はさほどないはずだ。

 苦しい戦いになるだろう。

 注目が集まっているのに気づいて、トールは頬を掻く。

 戦力不足ということは、戦場でトールの周りには人がいない。

 つまり、被害を気にすることもないということ。


「まぁ、本気で暴れるよ。準備だけはさせてくれ」

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