最終章 十年目、世界を救う主人公
第1話 告白
人生には選択を迫られる場面がある。
トールにとってのそれは、この世界と地球のどちらを選ぶか、のはずだった。
「……二人とも、これは何のつもりだ?」
トールは問いかける。
ギルドに報告を済ませて魔機車に戻り、明日の朝いちばんにフラウハラウに向かうつもりで夕食を済ませ、就寝したはずだった。
トールはキャンピングトレーラーの一階部分、折り畳み式のベッドを引き出して横になり、双子はトレーラーの中二階に布団を敷いて眠るのがセオリーだ。
だが、双子はトールが横になると同時に二人してトールの上に覆いかぶさり、二人で分担して両肩、手首、両膝を押さえこんできた。
護身術を学んでいる上に思考共有を持つこの双子はその知識量も相まって正確に関節を押さえていた。
身体能力やエンチャントを使えば払いのけることも可能だが、狭いキャンピングトレーラーの中で暴れるわけにもいかず、そもそも二人の考えが分からない。
そこで、トールはまず質問に出た。
双子はトールと真正面から目を合わせる。魔機灯は消え、カーテンを敷いた窓から入る仄かな月明かりに照らされる双子は金の絹のような髪を揺らす。
「トールさんの不安を慮っていままで外堀を埋めるだけで詰みに持っていくのは控えていました」
「しかしながら、トールさんがどちらの選択をするとしても私たちはここで詰みにもっていく必要があります」
「……とりあえず、どいてくれない?」
「駄目です」
「無理です」
即座に却下を言い渡され、トールは居心地の悪さに身じろぎする。
透き通った青い双眸が二組、トールを見つめている。柔らかな両手に押さえつけられ、吐息が顔にかかっている。
トールは意識して感覚を無視しつつ、二人を見上げる。
「いまいち話の根幹が見えてないんだが、俺の自惚れでなければ恋愛の話か?」
「見えているようですので見つめてください」
「オッケー、見つめるとして、なんで俺は押し倒されているわけ?」
「そうですね。順を追って話しましょうか」
ユーフィとメーリィが揃って頷き、声を揃えて説明を始めた。
「まずは現状の課題ですが、世界の衝突によるこの世界の滅亡の回避、トールさんの地球帰還方法の二点となります」
「滅亡の回避については考えがあります。実現までの道筋についても素案があるので、エミライアさんと話して実現可能性を模索できます」
「え、マジで? もうそこまで考えてあるのかよ。世界を結界で覆うって力業までは考えたけどクリアするハードルが多いから無理かと思ってたんだが」
「可能です」
断言されて、トールは改めて二人の頭の良さに感心する。
だが、現在の話は世界の滅亡回避の件ではない。
「トールさんの地球帰還についてはエミライアさんから成功報酬として聞きだすことができます」
「しかし、ここで問題が発生します」
「問題?」
「トールさんだけを地球に返してしまうと私たちの恋が実らず、トールさんと一緒に地球に行くと身分その他で多大なご迷惑をおかけすることになります」
「あぁ、なるほど」
「また、トールさんは日本の倫理観を有しています。一夫一妻制の日本の倫理観です。なので、私たち二人と結ばれるのは抵抗があるかとおもいます。地球へ帰還するならなおさらです」
「かといって、私たち二人で押し倒して既成事実を作ってしまうと、トールさんがこの世界に定住を決めていなければひどく残酷な選択を迫ることにもなりかねません。それは私たちも嫌なんです」
こんな時でも論理的だな、と妙なところに感心しつつ、トールは二人の論理の根底を揺るがす言葉を発しようとする。
しかし、トールが口を開く前に双子が続けた。
「必ず幸せにしますので、地球でも、この世界でもなく私たちを選んでください」
「どちらか一人を好きになるなんて許しません。私たちは私たちです」
男前な告白をして、目を覗き込んでくる双子にトールは困った顔する。
双子が緊張しているのが分かる。
汗ばんだ双子の手がギュッとトールを掴んだ。
どこから話そうかと悩んでいる暇もないらしいと、トールは口を開く。
「……この場合、どちらか一人ではなくどちらの一人も好きになるというのは最低な回答にはならないよな?」
「この恋心は私たち自身でも見分けがつきません。恋心の分別もできないのに、トールさんにそれができるというのなら、満点の回答になりますが……」
自分たち双子ができないことがトールにできるはずはないと考える反面、トールならあるいはと考えたのか、双子の目が泳ぐ。
トールはユーフィを見る。
「ユーフィは手先が器用で絵を描ける。倒置法を多用する。あまり目を合わせたがらない。笑うときに首を少しかしげる癖がある。眠る時に手を開いている」
ユーフィの癖をあげつらった後、トールはメーリィに目を向ける。
「メーリィは戦闘時にユーフィを庇う癖がある。声をかけた時に顔を向けるのがユーフィよりも遅い。話すときに顎を少し引く癖がある。眠るときに手を閉じている」
トールがあげたのは二人の表面上の癖ばかりだ。
これだけでは内面では見分けがつかないと言っているのと同じと気付いて、トールはボソッと続けた。
「胸フェチ」
「……ふぁっ!?」
メーリィが顔を真っ赤にして押さえていたトールの胸から手を離した。
間髪を置かず、トールはユーフィと目を合わせる。
目が合っただけでユーフィはビクっと若干仰け反った。
「腕フェチ」
「ふぐっ……」
ユーフィが押さえ込んでいたトールの腕から手を離す。
言い当てられて初めて、自分がトールの胸と腕のどちらを強く抑えていたかに気付いた二人は自分の手を見る。
拘束が緩んだ隙をついて上半身を起こしたトールは二人の頭に手を置く。慰めるためでも落ち着かせるためでもない。
――逃がさないためだ。
「炭酸ポーションの騒動で俺が商業ギルドへの意趣返しを提案したころから、腕や胸を見る二人の目が変わっててな。最初はどういうことか意味が分からなかったんだが、まぁ、そういうことだよな」
「な、なんで分かるんですか!? おかしいです!」
「私たちはそんなに分かりやすくないはずです!」
「分かりにくいよなぁ。隠し事があるときは外部の目も意識してきっちり隠そうとしているから。ただ、思考共有を使った不意打ちには弱い。面白いぞ。メーリィの前で腕まくりすると見えていないはずのユーフィが硬直するんだ。金属反応に注意しておけば視線を向けなくても俺には丸わかりだって忘れてるんだもんな」
「遊ばれてた!?」
心当たりがあったのか、ユーフィとメーリィが顔を真っ赤にしたままトールの胸に突っ伏した。
反転攻勢に成功したトールはくっくっと喉を鳴らして笑う。
「炭酸ポーションの件がきっかけだったのは確かだが、多分あの頃はまだ恋愛感情の一歩手前だったんだろうな。紺青と『ダズラータム宗祭事書』が欲しいと見抜いたのが、いま思うと決め手だったんじゃないか?」
「……思い返せば、あれは効きましたね」
「言い当てられた時のうれしさは自分一人のモノだったように思います」
トールの予想を肯定した二人はため息をついた。
「悔しいですが……百点満点中、二百点ですね」
「二人それぞれで百点評価なのかよ」
トールは苦笑して続ける。
「ユーフィは直感的な傾向があるからか、たまに抜けているところがあるし、メーリィは論理的だけど、たまに視野狭窄だし、二人とも微妙に放っておけないんだよ」
「そこは反論させてもらいます」
「トールさんもかなり抜けてます!」
「否定しないし、だからこそ二人を頼りにしてる」
あっさりと肯定されて、ユーフィとメーリィは揃ってトールを見上げた。
「二百点ですね?」
「ユーフィとメーリィ、それぞれに対して百点だからそうなるな」
トールの答えを聞いて、二人は感情が抑えきれないようにニマニマ笑う。
ユーフィが腕に、メーリィが胸にそれぞれ抱き着いた。
二人の柔らかさを意識しないようにしながら、トールは続ける。
「それで、二人の抜けているところなんだが」
「続くんですか?」
「言っておかないといけないからさ。俺、地球に帰るつもりは一切ないぞ?」
「……うん?」
「……あれ?」
ユーフィとメーリィは疑問の声をあげてトールを見上げた。
「俺はさ、究極的には自分の居場所が欲しかったんだよ。ふとした瞬間に転移で居場所がなくなるのが怖かった。でも、もう転移におびえることがないなら、二人のそばにいたいと思うだろ。だから、地球に帰る必要がない」
トールは二人の頭を撫でて顔を近づける。
「二人のおかげでせっかく愛着が湧いた世界だ。どこにも行かないよ」
トールが誓いの言葉にも似たセリフを口にした直後、ユーフィとメーリィが揃って耳を押さえ、プルプル震えて涙目でトールを睨んだ。
「――トールさん、耳元で」
「囁かないでください!」
双子が同時にトールを押しのける。
そういえば、耳が弱いんだったと思い出してトールは笑った。
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