第26話 覚悟完了
冒険者ギルドカーラル支部長は頭を抱えて唸っていた。
「……つまり、赤雷たちは吸血鬼の依頼を受けて、太陽聖教会を潰すために動いていて、世界の滅亡を防ぐか別世界に移住する計画を話し合う場を整えて、吸血鬼を含む多種族が話し合いを求めている。これで全部か? もうないか? 俺の仕事はこれ以上は増えないんだな? そうなんだよな!?」
辺境の田舎町の小さな冒険者支部ではすでに仕事量が許容量を超えている。責任者たる支部長は目を回しそうだった。
大量の仕事を持ち込んだトールもさすがに同情してしまう。
「少なくとも、俺はこれ以上仕事を持ってこないよ」
「頼むよ。本格的に人手が足りてないんだ。他所のギルドに応援を要請しているが、これだけの重要案件を捌ける人材はいないんだよ。あぁ、本部に出向かないと。ダンジョンの封印を積極的に行うよう打診もして……」
ぶつぶつ呟き始めた支部長にトールは炭酸ポーションをそっと差し出した。
「これ、差し入れな。まぁ、頑張って。世界の命運がかかってるから」
「田舎町の管理職になんて命運を背負わせるんだ。赤雷が直接本部に行けばいいじゃないか」
「こっちもちょっとごたつき始めてな。そういうわけだから、今日のところはこの辺で」
立ち上がったトールは面倒な仕事を押し付けられないうちにさっさと支部長室を出て、速足で階下に降りた。
職員たちとあいさつを交わし、支部を出る。
人類側との交渉の席も取り次いで、トールがエミライアから受けた依頼は事後処理も含めて完遂したことになる。
青く透き通った空を見上げて、トールはため息をついた。
「十年か……」
この世界に来て十年。
人生の四割を過ごした計算になる。
トールは広場のベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げ続ける。
「転移はやっぱり事故だったんだなぁ」
魔法陣があったわけでも神様に会ったわけでもない。それでも、自分が転移したのには何か理由があるはずだと、遺跡を荒らしまわった過去の自分を思い出す。
誰の思惑があったわけでもないただの事故。自然災害の一種だったと最初から知っていれば、何かが変わったのだろうか。
自分は主人公でも何でもない、特別な役割もない、そんな一般人でしかないのだと知っていたなら……。
武装が入った革のポーチを撫でる。
「変わんねぇんだろうな」
自嘲気味に笑う。
転移したばかりの頃の自分は有体に言ってガキだったのだから、真実を知っても聞く耳を持たずに命がけで遺跡に潜っただろう。
別に、地球に帰りたかったわけでもないくせに遺跡に潜っていたのは、自分が特別だと思いたかったからだ。
そして、自分が特別ではないと気付いた後は、怖くなった。
転移が偶発的なモノならば、また自らに降りかかるのではないかと。
その予想を信じたくなくて無茶な冒険に身を投じたのだ。
そんな自分が、転移は事故だと知ったところで、無茶をしないわけがない。
トールは頭を振る。
たらればの話を考えてみても意味はない。
考えるべきは、これからどうするかだ。
冒険者ギルドはこれからダンジョンの封印を積極的に進めていくだろう。封印はいわば世界同士の間に結界の壁を作り、それ以上の衝突を防ぐ作業だ。
しかし、ダンジョンは増加傾向にある。
魔石の充填技術を双子が発明したことで、魔機獣を討伐していた冒険者がダンジョンに潜るようにもなったが、海中、地中、人跡未踏の地に現れるダンジョンまでは封印できない。
ダンジョンの封印はあくまでも時間稼ぎにすぎない。
となれば、根本的な解決策が必要だ。
そこまで考えて、トールはベンチから立ち上がった。
探し回れば、地球に繋がるダンジョンがどこかにあるだろう。
エミライアから話を聞けば、効率的な探し方や安全な転移方法なども聞き出せるはずだ。
そして、九年間、愛着の湧かなかったこの世界は破滅に向かっている。
世界の滅亡を回避すると何が起きるのか。
世界同士の衝突が起こらなくなり、ダンジョンが新たに発生することもなくなる。
すなわち、地球に帰ることはできなくなり、転移におびえることもなくなる。
だから、結論は出ていた。
※
ギルドに報告へ行くというトールを見送った双子は魔機車のなかで向き合っていた。
(人生の岐路です)
(世界の岐路でもあります)
思考共有で互いの認識を話し合い、大きく頷く。
(最大の問題はトールさんの選択です)
(地球か、この世界か)
(どちらに骨を埋めるかの選択)
(トールさんの不安自体は、エミライアさんからの情報提供で確実に霧散します)
双子は揃って魔機車の外を見る。まだトールは戻ってきていない。
互いに向き直り、同時に頷く。
(不安が解消されるということはつまり、トールさんが責任を取る立場になることを厭わなくなるということ)
(トールさんがどんな選択をしようとも、私たちの望む結果を導く鬼手を指しましょう)
双子は互いの意思を確認し、共闘を結ぶ。
「――詰めます」
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