第25話  真の目的

 カーラルの町から魔機車を走らせて、吸血鬼の隠れ里フラウハラウに乗り込む。

 里の入り口に以前に訪問した時に見た老人と光剣のカランが待っていた。

 トールは魔機車を降りる。


「やっぱりカランもグルか。エミライアは?」

「奥にいます。どうぞ」


 老人とカランに連れられて、トールと双子は里の中へと入る。

 里は以前と同様、静かだ。

 里の奥、エミライアの自宅に到着すると、本人が玄関で花に水をやっていた。


「おぉ、待っておったぞ」

「とりあえず一発殴る権利があると思うんだが?」

「出会い頭に物騒な権利を主張するでない。まぁ、怒りはもっともじゃが」


 悪びれることなく笑い、エミライアはガーデンテーブルを手で示す。席に着けということだろう。


「お茶を入れてこよう。トール殿、その悪戯婆を殴るのは話を聞いてからで頼む」


 老人が釘を刺して家の中に入っていった。

 婆呼ばわりされたエミライアがふてくされたように老人の背中にブーイングを浴びせる。

 ユーフィとメーリィが席に着き、トールは二人の後ろで仁王立ちする。

 エミライアが双子の前の席に座り、手を組んだ。


「さて、事情はおおよそ把握していると思うが、答え合わせなどしてみようかの」


 悪戯っ子の笑みでエミライアは双子に回答を促した。

 答えなければ真相を話しそうにないエミライアに根負けして、ユーフィが口を開く。


「今回の依頼、始教典の入手はエミライアさんの本当の目的ではありません」

「ふむふむ、では本当の目的とは?」

「ダンジョンの発生理由を公にし、吸血鬼が表舞台に出る下準備を整えること。そして、世界滅亡の回避や別世界への移住方法の提案を行える状況を作り出すこと」


 メーリィがカランを見て後を続けた。


「ことの発端は旧文明時代にさかのぼります。人類との戦争間際にまでなり、吸血鬼を敵視する風潮が醸成されてしまったために融和の道を歩めなくなってしまいました」


 ユーフィがエガラ・ストフィの手記をガーデンテーブルの上に置いた。


「この風潮を危険視した当時の人類、エガラ・ストフィさんは、文明崩壊後に吸血鬼と人類の間のわだかまりを全て押し付ける存在として太陽聖教会を設立。しかし、このカルト宗教はすぐに乗っ取られてしまいます。ほかならぬ吸血鬼、エミライアさんによって」

「ほぉ」


 エミライアが感心したように吐息をこぼす。


「すぐに乗っ取ったとは限らんじゃろ?」

「いえ、かなり初期の段階で乗っ取っています。なにしろ、魔機獣が配置されていない頃ですから」

「あぁ、あの発言は迂闊じゃったな」


 トールに依頼した際の発言を思い出し、エミライアは笑う。


「確かに、初期の段階で乗っ取った。人類は寿命が短い。当初の理念はどうであれ、確実に太陽聖教会は後の世代で変質するじゃろう。故に、名だけ残して解散させ、吸血鬼自らが管理して細々とその存在を主張させる方が現実的と判断したのじゃ」


 エミライアはカランを横目に見る。


「ちなみに、こやつはこの里出身の人間じゃ。エンチャントが太陽聖教会の関係者っぽいと思ってな。幼少のころから鍛えてみたのじゃが、序列持ちにまでなりよった」

「トールさんには手も足も出ませんでしたよ」


 カランが苦笑してトールを見る。

 トールは肩をすくめて応じた。


「多分、お前は今回の件でギルドから除籍されるだろう。よかったのか?」

「特になんとも。実は、料理屋をやるのが夢でして、里でのんびり勉強してほとぼりが冷めたら、外で店を開こうと思ってます。運転資金も貯まりましたから、最後の一仕事だったんですよ」


 序列に執着はないらしく、カランは解放されたような顔で答えた。

 ユーフィが推理を続ける。


「ここ最近、各地でダンジョンの発生頻度が増加しています。ですが、人類は世界の滅亡の可能性には気づいていない。そこで、エミライアさんは今回の依頼を出すことで人類との協力関係を築く下準備を行った。それも、エルフなどの他人種に根回しをしたうえで……あっていますか?」

「正解じゃ。獣人族にも知らせを出してある」


 俯瞰のミッツィの去り際の言葉はやはりエミライアとの協定に関してのモノだったかと、トールは改めて納得する。

 トールはミッツィから渡された小包をガーデンテーブルに置いた。


「エルフの長老から依頼主に、だとさ」

「おぉ、すまんな。使い走りまでさせてしまったか」

「もっと他に謝ることがあると思うが?」

「うむ……」


 トールの言葉に、真面目な顔になったエミライアが頭を下げた。


「太陽聖教会との対立を演出するためにお主らを騙す形になった。申し訳ない」

「初めにそれを言えよな。というか、あの茶番は本当に必要だったのか疑問なんだが」

「必要じゃよ。今は実体が無くなっていようとも、文献を掘り出して復活させようとする輩は出てくるものじゃ。世界の滅亡から目を背けたい者にとっては、滅亡論を唱える旗頭たる吸血鬼に対抗する組織を作るのにちょうどよいからのう。事実、我がいた世界は同じように足並みが揃えられず、滅亡したのじゃ」


 以前の世界を思い出したのか、エミライアのため息は重かった。

 答え合わせは終わりだと、エミライアは顔をあげる。


「さて、成功報酬の話をしようかの」


 エミライアの言葉に、双子が緊張して身を固くした。

 トールは意外に思って双子に視線を向ける。

 エミライアは双子を見て、小さく笑った。


「報酬は功労者の損になってはならぬ。お前たちは話し合う必要があるようじゃな」


 見透かしたような目でそう言ったエミライアがトールを見る。

 トールは頭を掻いた。


「すまん。どういう状況か分かってないんだ。とりあえず、何らかの話し合いが必要だってことは分かったけど」

「……お主がそんなじゃから話し合いが必要なんじゃ」


 呆れたようにエミライアが言った時、玄関で何かが落ちる音がした。

 視線を向けると、老人がティーセットを落として唖然とした顔でこちらを見ている。

 老人の視線を辿ると、ガーデンテーブルの上に置かれたエガラ・ストフィの手記に行きついた。

 エミライアがニヤニヤ笑って手記を手に取る。


「むかーし、我宛てに書いた恋文ってこれじゃろ?」

「ヴィー、まさか最初からそれが狙いで……」


 老人が額に手を当てて嘆息する。


「かっかっか! 確実に手に入る保証はなかったが、冒険者をかき集めたのじゃから勝算はあったわ。後でじっくり楽しませてもらうのじゃ」

「この悪戯婆は本当に度し難い」


 老人とエミライアのやり取りにトールは双子ともども目を白黒させる。

 トールたちの反応に気付いたエミライアが渾身の笑みを浮かべた。


「改めて名乗ろう。我はヴィリア・エミライア。そこの爺がエガラ・ストフィじゃ」


 双子が脱力する。


「てっきり、悲恋譚だと思ってその手記を読んでたのに……」

「悲恋はつまらんぞ。終わりがある。恋愛は良いぞ。終わりがない」


 永遠を生きる吸血鬼らしいことを言って、エミライアは双子に慈愛のこもった視線を向ける。


「頑張ることじゃな」

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