第22話  百里通しのファライ

「――なぜ、赤雷に執着するの?」


 俯瞰のミッツィに尋ねられたファライは唇に人差し指を当てて答えた。


「秘密――」


 そう、秘密だ。

 暗闇に閉ざされた遺跡で建物へと闇雲に銃撃を浴びせながら、ファライは胸を押さえる。


 空気が張り詰めている。

 Aランクの魔機獣すら近寄れない激しい戦闘。余波で脚が吹き飛んだ魔機獣が転がる路上。


 自然と頬が上気する。

 口の端がつり上がる。

 楽しくて、嬉しくて、笑い出しそうになる。


 五年前、ファライは遺跡で手に入れた魔機銃とエンチャントの相性の良さから序列十九位に駆け上がった。

 BランクにしてAランクの序列持ちパーティにすら匹敵する。条件次第では凌駕する。そう評価されたのだ。


 事実、ファライは強かった。

 ソロで活動し、対象が反応できない遠距離からの狙撃はもちろん、近接戦闘ですら魔機銃を使用する独特の棒術と軌道を変化させた弾丸の強襲を混ぜ合わせる独自の格闘術で蹴散らした。

 ファライは戦闘狂ではない。だが、戦闘は得意だった。得意なことを評価されるのは素直に嬉しいものだ。


 三年前のその日の依頼はとある冒険者クランからのモノだった。

 そのクランは依頼を受けたものの、討伐対象があまりに強力だったために手に負えず、ファライに泣きついたのだ。


 ファライは依頼を受けた時、気付いた。

 自分はもう、冒険者としてある種の頂点に立っているのだと。

 Aランクパーティを有する冒険者クランが手に負えない討伐対象をソロで撃破できる。その戦闘力があると認められているのだと。

 その事実は――これ以上の評価が望めないことを意味していた。


 途端に、序列十九位の看板が邪魔になった。

 それでも依頼はこなさなくてはならない。


 討伐対象を狙撃でもしようと現場に向かったファライは、並ぶ大樹より頭一つ巨大な狼の魔機獣の群れを蹂躙する赤い雷を見た。

 序列十七位、赤雷。

 無感動に、作業をこなすように、つまらなそうに、淡々と魔機獣を狩りつくす赤雷の姿にファライは悟った。


 同族だと。

 隔絶した戦闘能力。

 これ以上の評価をしようがない、頂点。

 その日から、赤雷はファライにとって唯一の評価基準になった。


 赤雷より強くなる。冒険者の中で最強の評価を得る。

 そうすれば、赤雷のつまらなそうな顔も変わるだろう。

 自分と同じように、目標ができるのだから。

 それが誰にも言えない、赤雷に執着する理由だ。


「ライバルと認めてもらいたいなんて、子供じみた理由は格好悪いじゃないか」


 相棒の魔機銃を握る。

 研ぎ澄まされた戦闘勘が、トールの接近を告げている。

 エンチャントを施した魔機銃たちの弾幕をくぐってくるなら接近できる方向は限られる。


 銃口を壁に向けた瞬間、その壁が外からの圧力に抗しきれずに砕け散った。

 何が壊したのかを見極めるまでもなく、ファライは引き金を引く。

 特殊な機構と魔法で弾丸を加速させて撃ち出す旧文明の魔機銃が弾倉を空にする勢いで銃弾を撃ち出し続ける。

 瓦礫と化した壁が粉塵になっていく。


 撃ち出した銃弾が一つ残らず赤雷を纏う鎖戦輪に弾かれていく。

 自らが纏う赤い雷に照らされたトールが宙にマキビシを放り投げた。

 何度も見た、鎖戦輪との磁力でマキビシを加速して打ち出す技だ。


 対処法はわかっている。ファライは魔機銃の銃口を持って足元の粉塵を薙ぎ払いながらエンチャントを施す。

 巻き上がる粉塵がトールとの間にカーテンのように広がった。エンチャントの作用によりそれぞれの粒子が渦状に回転し、撃ち出されたマキビシの勢いを減衰させる。

 魔機銃を手元で一回転させて銃口をトールへと向けつつ、勢いの落ちたマキビシに追いつかれないよう後ろに飛んで距離を取る。


 この後の攻撃も読める。鎖戦輪による薙ぎ払いで粉塵のカーテンを払い、マキビシを磁力で回収しつつ、斬りつけてくる。

 案の定、赤雷を纏う鎖戦輪が右からファライを強襲する。

 魔機銃の引き金を引きながら、鎖戦輪の軌道を読んで身をかがめる。


 床を蹴りつけてさらに後方へ下がりながら自らにエンチャントを施して軌道を微修正しつつ反転する。

 トールのマキビシの直撃を受けて脆くなっていた背後の壁を蹴り抜いて退路を確保しつつ、トールの次の一手を読もうと視線を向けた。


「――っ!?」


 歪な鉄杭を右手に持ったトールが突きを放ってきていた。

 まばゆいばかりの赤雷にトールの手元も見えない。

 触れたなら確実に感電して戦闘不能になるその突きに一瞬驚くが、赤雷への対処法は用意してある。


 上半身をそらして接触までの時間を稼ぎながら、自身の革ベルトに提げておいた木の棒をつかみ取り、一気に振り上げて鉄杭を下から叩き上げる。木の棒に枝状の焦げ跡が現れるも、ファライ自身は感電を免れた。

 一瞬の攻防の間も、ファライの体はエンチャントによりぶれることもなくトールとの距離を離している。


 鎖戦輪の間合いからも外れ、ファライは片手で魔機銃を構える。

 直後、正面からトールの鎖戦輪が飛来する。

 間合いからは外れているはずだった。


 だが、ファライは慌てない。

 この事態も想定していた。


 磁力で金属を引き寄せたり反発させることができるのだから、鎖戦輪を手元で操作する必要は最初からないはずだと。

 鎖戦輪の遠隔操作くらい、トールならやってのける。

 だが、細かい操作はできないはずだ。


 鎖戦輪の輪を正確に捉え、木の棒を突き入れると同時にエンチャントを施す。

 木の棒は施されたエンチャントにより、鎖戦輪ごとあらぬ方向へと飛んでいく。

 主武装を失ったトールにもう銃撃は防げない。

 読み勝った。


 笑みを浮かべて銃口を向け、引き金を引こうとした瞬間――横から延びてきた右手に銃身が掴まれた。

 赤雷を纏うその右手は細かい鉄鎖で形作られている。


「あっ……」


 遠隔操作くらいやってのける。

 鎖戦輪でなくても、例えばそう――鎖手袋でも。

 鎖手袋の右手が魔機銃の銃口を空へと持ち上げる。

 さっきまでトールと攻防を繰り広げた建物から歪な鉄杭を握った左手の鎖手袋が高速で飛んでくる。


 ファライは細く息を吐きだし、魔機銃の引き金を引いた後、手放した。

 エンチャントにより、銃弾は空へと飛んですぐに強引に軌道を曲げられ、トールへと向かう。

 予想の範疇だったのだろう。トールは軽く肩を引いて銃弾を躱した。


 銃口が上に向けられていたため、銃弾がトールに届くまでに猶予がありすぎるのだ。

 だが、肩を引くだけの時間があれば、十分だった。


「――届け!」


 追い詰められた時を想定して仕掛けておいた予備の魔機銃へ弾倉を投げつける。

 エンチャントを施された弾倉はきついカーブを描いて魔機銃にぶつかり、銃口をトールに向けると、横にあった細い糸を切って、引き金を引く仕掛けを作動させた。


 連射される銃弾にトールも意表を突かれたか、顔をしかめてその場を飛びのく。同時に投げられたマキビシが魔機銃を弾き、銃口を空へ跳ね上げる。

 それでも最初の数発は避けきれなかったらしく、トールは左肩から血を流していた。


「往生際が悪いな。降参しろよ、ファライ!」

「こっちは無傷だ。降参なんかするもんか!」


 言い返したその時、ファライは気付く。

 トールの手元に鎖戦輪とファライの魔機銃があることに。

 ようやく気付いたか、とトールが魔機銃を掲げる。


「勝利条件の一つは相手の武装の破壊だ。とはいえ、この魔機銃は旧文明の遺跡から出土した一点物だろ?」

「うっ……」

「陰湿なお前のことだから、他に魔機銃をあちこちに隠しているとは思うが、これ以上の品はないはずだ。壊していいんだな?」

「ぐっ……」


 確かに、トールの指摘通り魔機銃はまだ予備を隠してある。

 だが、あくまでも予備でしかない。すでに立てておいた作戦を出し尽くしており、これ以上の戦闘を続けるにはどうしても手数が足りなくなる。

 悩むファライに、トールが呆れた顔をする。


「言っておくが、こっちも余裕なんてないからな。諦めないなら本当に壊すぞ?」

「……再戦のためにも、その銃だけは壊されたくない」

「再戦って、二度とごめんなんだけど……。まぁ、お前なら今回みたいに外堀を埋めてくるんだろうな。壊されたくないなら、言うべきことがあるよな?」

「……降参します」


 宣言して、降参の証として冒険者証をトールへ投げる。

 空中でファライの冒険者証をつかみ取ったトールは、代わりに魔機銃を投げ返した。

 愛用の魔機銃を受け止め、ファライは地面を叩く。


「――あぁっ、負けた!」

「悔しがるのは後だ。早く遺跡を出るぞ」


 炭酸ポーションを飲んで傷を治しながら、トールが歩き出す。

 ファライは立ち上がり、後に続いた。


「でも、楽しかったなぁ。トールも楽しかったでしょう?」

「二度とやりたくないけどな」

「あっ! 否定しないんだ!? しないんだね!?」

「うっせ、うっぜ」

「またやろうね!」

「会話成立してねぇ……」

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