第23話  俯瞰のミッツィ

 冒険者ギルドはトールとファライの決闘話でもちきりだった。

 遠視が可能な冒険者や双眼鏡での観戦をしていた冒険者たちが話を総合して戦いの流れをまとめ、話し合っている。

 冒険者の中で戦闘面での二大巨頭の決闘話は長く語り継がれることだろう。


「面倒くせぇ」


 支部長室でトールは階下の騒ぎを無視して、書類と詫び状をギルド支部長に手渡した。

 書類は始教典の所有権が確定したことを証明する書類であり、バッティングした経緯についても多少書かれている。

 ギルドを通さずに冒険者個人に依頼する以上は守秘義務もいくつか発生するため、依頼人であるエミライアの素性なども隠してあった。


 詫び状は太陽聖教会宛てのモノだ。始教典の争奪戦にトール側が勝利したことを通知する意味もあり、この詫び状にギルド支部長の署名が入ることで法的な効力も発揮する。


「確かに預かった。禍根が残らない形でよかった」


 支部長が心底ほっとした様子で胸をなでおろす。

 書類を受け取った証拠の受取証を渡されて、トールはカバンにしまい込む。隣にいたユーフィがカバンを預かってくれた。

 トールは支部長に鋭い目を向ける。


「確認したい。支部長は太陽聖教会についてどこまで知っている?」

「どこまで、とは?」

「そのままの意味だ。噂や実態、拠点とか」

「……依頼人については詳しく言えないが、噂については聞き及んでいる」


 慎重に言葉を選びながらの支部長の返答は、ある程度の情報を集めている様子がうかがえた。


「ギルドでも実態を掴んでないのか」

「組織として存在することは確かだろう。ギルド本部に報告書も上げてある」

「カランが太陽聖教会の現教主の孫って話は?」

「聞き及んでいる。だが、事実関係は不明だ」

「不明? カラン本人に聞けばいいだろう」

「光剣のカランの素性については詮索しない。冒険者は自営業者だ」


 支部長に断言されてはトールも口を閉ざすほかない。

 地球から転移して身分もあやふやなトールを受け入れる度量がギルドにあったのも、冒険者は自己責任の自営業という建前があるからだ。

 トールは話題を変える。


「魔物の定義に獣人や吸血鬼が入っている今の状態を是正するつもりは?」

「内密に頼むぞ。現在、急ピッチで定義の変更が議論されている。クラムベローでの一件が大きくてな。だが、吸血鬼と実際に話したわけでもなく、公的には実在が確認されていない。議論しようにも情報不足で結論を出せなくなっている」


 トールが報告書として獣人の情報や吸血鬼の情報を上げているが、ギルドとして直接聞き取りをしたわけでもない。

 序列持ちの報告ということで尊重されているものの、裏取りができていないため組織としてはいまいち扱いに困っているらしい。


「特に吸血鬼に関しては旧文明時代に人類と敵対し、戦争寸前にまでなったという。今は敵対的ではないという確証もない。そのうえで、太陽聖教会だ。頭が痛いよ」

「実態が不明とはいえ、カルト教団としての噂は広がってるもんな」

「それもあるが、太陽聖教会が出所と思われる吸血鬼を危険視する風潮が問題だ。まぁ、その太陽聖教会そのものも違和感だらけで何が何やら分からないがな」


 ギルド側も太陽聖教会についてはトール達と同じところで行き詰っているようだ。

 むしろ、吸血鬼の実在を知り、その吸血鬼と太陽聖教会の繋がりを示す証拠を持っているトールたちの方が一歩先に進んでいる。


 だが、いまだにエミライアたちの目的が見えてこない。

 情報共有を図るべきかとも思ったが、吸血鬼への魔物指定が継続している現状ではギルドにむやみな情報提供ができない。

 トールは双子と共に席を立った。


「こちらの事情を片付けたら、報告できるかもしれない」

「ほう……。赤雷側の依頼人については一切情報が出てこなかったんだが、会わせてくれるのか?」

「さぁな」


 適当にはぐらかして、支部長室を出る。

 階下に降り、魔機車を停めてある広場へ足を向けるとユーフィが口を開いた。


「あくまで推測ですが……」


 前置きするユーフィは思案顔で続ける。


「今回の件、私たちが見ているよりももっと広い範囲を動かす布石ではありませんか?」

「どういうことだ?」

「手近なところで情報を集めてばかりいても全貌が見えないのは、一部しか見ていないからではないかと思ったんです」


 ユーフィの意見に、トールも少し視野を広げてみる。

 吸血鬼と太陽聖教会。

 今になって吸血鬼であるエミライアがストフィ・シティの攻略に乗り出した理由は何か。


「……ダンジョンの発生頻度の増加と世界滅亡?」


 現在、世界同士の衝突とそれに伴う世界の滅亡についての情報はエガラ・ストフィの手記に頼るのみ。

 だがしかし、旧文明時代を生きた吸血鬼エミライアの証言が重なったなら信憑性は増す。


「駄目だな。推測しかできない」

「問題は敵対した場合ですが……」

「命がけで逃げるしかないだろうな」


 エミライア単体でも勝てる気がしない上に、吸血鬼がごろごろいる里だ。危険度でいえばストフィ・シティが子供の遊び場に見える。

 魔機車を停めている広場に到着すると、百里通しのファライと俯瞰のミッツィが待っていた。

 二人並んでいるにもかかわらず互いに顔を背け、言葉を交わしてもいない。


「何してんの、お前ら」

「トール! 一緒にダンジョンに行かないかい? どっちが先に踏破するか競争しよう!」

「しねぇよ」

「これとは違って、見送りに来ただけ。あと、これを負かしてくれてありがとう。すっきりした」


 ミッツィが視線もむけず、人差し指でファライを差しながら言う。

 ファライはミッツィの憎まれ口を完全に聞き流してにこにこしていた。


「また戦えるように外堀をどんどん埋めるから、待っててね」

「もうお前についてはあきらめたよ。俯瞰、見送りありがとな」

「これを渡しておく。里の長老からあなたの依頼主へ、とのこと」

「エルフの長老……? 俯瞰、お前は何歳だっけ」

「レディにする質問ではない。反省すると良いの」


 はぐらかした俯瞰はにやりと笑う。実年齢とかけ離れたエルフらしい童顔に蠱惑的な大人の笑みが奇妙に調和する。


「安心するといい。仲違いは無意味だと誰もが理解している」

「なるほど、お前は確かに俯瞰だわ」


 トールが苦笑すると、俯瞰のミッツィは笑みを深めて背を向けた。


「この後に起こることも予定調和。新世界で会いましょう」


 それだけ言って、ミッツィはひょいと飛び上がるとエンチャントで風力を調整して北の方角へ飛んで行った。

 ファライが片手をあげる。


「じゃあ、また会おうね。なんか光剣が変な動きしてたけど、トールなら心配いらないでしょ」

「おう。じゃあな」


 トールも片手をあげ、ファライとハイタッチする。

 ファライはニマニマと笑うとくるりと回って西へ駆けだした。ダンジョンにでも行くのだろう。

 トールは腰に付けた革のポーチから鎖手袋を出す。


「さてと、二人とも魔機車に入っててくれ」

「トールさんは?」

「お客さんが来るようなんでな」


 近づいてくる金属反応が多数。人よりも大きなその反応は覚えがある。

 戦闘用のゴーレムだ。それも、かなり精巧に作られている。

 大通りをトールたちの元へ進んでくる一団があった。

 居合わせた通行人が物々しいゴーレムの集団とその先頭を歩く男に困惑の色を浮かべる。

 ゴーレムには遺跡の大聖堂で見た太陽聖教会を表す太陽の図案が刻印されている。軽快な動きでハルバードを構えて陣形を組むゴーレムの数は二十を数える。

 ゴーレムを率いてきた男、光剣のカランが鞘から剣を抜き放った。


「赤雷さん、儀式はお好きですか?」

「茶番は嫌いだな。だが、付き合うよ」


 去り際の俯瞰の言葉を考えれば、これもすべてエミライアの計画の内だろう。

 トールは魔機車を背にカランとゴーレムの群れに対峙する。


「何か、言うことがあるんじゃねぇの?」


 トールが促すと、カランは見物人に見えない角度で困ったように笑い、口を開いた。


「太陽聖教会としては、始教典を他者に奪われるわけにはいかないんです。始教典を渡してください」

「依頼を受けて入手した以上、渡すわけがないと分かったうえでの要求か?」

「命令です。民間人に被害が出ようとも、我々は正義を執行します」


 わざわざ民間人に言及した光剣のカランに、通行人がぎょっとした顔を見合わせる。

 茶番だとトールにはわかっているが、事情を知らない通行人が味わう恐怖はいかほどか。

 カランが剣を構える。


「序列四十位、光剣――もとい、太陽聖教会、勇者カラン」

「名乗るのは嫌いなんだが……序列十七位、赤雷、トール」


 鎖戦輪をポーチから取り出し、トールはカランを見据えた。

 カランが苦労人の顔で笑う。


「参ります――」

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