第21話 決闘
晴れ渡った雲一つない空。風もない。
「いい天気だね。トール!」
「最悪の一日になりそうだ」
トールの返答に、百里通しのファライはけらけら笑う。
雨が降れば赤雷の有利、風がなければ百里通しの有利、それがこの場に集った冒険者たちの共通認識だ。
トールは鎖手袋を嵌めて肩を回す。
冒険者ギルドカーラル支部長が諦観の混ざった眼でトールとファライを見比べた。
「殺し合いだけはしないでくれ。ただでさえダンジョンが急速に増えていて人手不足の中、これだけの序列持ちが一堂に会しているんだ。この数日でどれほど苦情の手紙が来たと思う? これ以上の面倒ごとはやめてくれ、本当に頼むから。……閑職のはずだったのになぁ」
箝口令が敷かれて忘れ去られた遺跡のそばにある小さなギルドの支部長というのんびりした役職のはずが、ここ数日は激動の日々だった。
思わず愚痴ってしまった支部長に、周囲の職員が大きく頷いた。
ファライが肩越しに振り返る。
「うるさいなぁ。水を差さないでよ。君の愚痴なんてどうでも、心底どうでもどうでもいいわけ。早く始めようよ」
トールも興味なさそうにストレッチを終えて、鎖戦輪を手にした。
「それじゃ、俺はもう遺跡に入ってるから。時間が来たら合図頼む」
「えっ、待ってよ、トール! 途中まで一緒に行こうよー」
「ついてくんな。お前に開始位置を知られたら何が飛んでくるか分かんねぇだろうが」
虫でも払うようにファライを追いやって、トールは身体強化を施し遺跡の中へと入る。
事前に目を付けておいた開始位置へと直行しつつ、邪魔になりそうなタレットを破壊しておく。
まだ魔機獣がいるが、いちいち相手にはしていられないため無視する。
「あいつら、制御施設を破壊したな」
いまいち統率が取れていない魔機獣を横目に見て察する。
遺跡での決闘に先んじて、勇者パーティが制御施設を破壊したのだろう。
決闘中、魔機獣が乱入してくるのは間違いなく、学習されている分ファライは対処に手間取ってしまうのを懸念したのだ。
比較的大きめの建物に滑り込んで、地下道を経由して別の建物に入る。
窓から外を確認し、決闘開始の合図を待つ。
身体強化を施し、革のポーチから鉄杭を取り出して左手に握った。
細く息を吐き出し、空に決闘開始の狼煙が上がったその瞬間――
雷鳴の多重奏と共に赤い雷が遺跡を染める。
大輪の花のように広がった赤雷は瞬時に標的を捕捉し掻き消えた。
直後、建物がはじけ飛ぶ。
赤雷を纏う鎖戦輪を正面に構え、七百メートル以上先の標的を正確に輪の中に納めて、鉄杭が撃ちだされた。
途上の建物が瞬時に瓦礫と化してはじけ飛ぶ。
邪魔な障害物を薙ぎ払って作り出した一本道を一条の赤い雷が駆け抜けた。
「――速攻で来ると思ったよ、トール!」
「罠を張ってると読んでたよ、ファライ」
標的、ファライの眼前まで駆けてきたトールは息を乱すこともなく四方八方から飛んでくるガラス片を残らず鎖戦輪で弾き飛ばす。
ファライが魔機銃の銃口を向け、引き金を引きながら後方へと飛びのく。
銃口はトールに向いているにもかかわらず、撃ち出された十三発の弾丸は扇状に広がりトールの正面百八十度を強襲する。
相変わらず厄介なエンチャントだと舌打ちしながらも、トールは臆せず踏み込み、鎖戦輪で弾丸を薙ぎ払った。
ファライが楽しそうに笑みを浮かべる。
エンチャントの効果であらぬ方向から飛んでくる弾丸を捌き切りながら距離を詰めるトールに、ファライもらちが明かないと判断したのか脚を止めた。
魔機銃を手元で回転させつつ、右足で踏み込んでトールとの距離を詰め、銃床で顎を狙ってくる。
トールは上半身を捻って銃床を躱しながら、鎖戦輪でファライの脚を刈りにいく。
しかし、ファライが魔機銃の引き金を引き続けているのを見て、トールは手首を返す。
鎖戦輪が引き戻され、横合いからトールの脚を狙って飛んできた十数発の弾丸を弾き飛ばした。
「くっ」
鈍い痛みを感じてトールは歯を食いしばる。
距離が近かったのもあり、数発太ももをかすめていた。
戦闘で怪我をしたのは久しぶりだ。
「いまので掠めるだけって、トールはやっぱり異常だよ」
「俺の鎖戦輪にこの距離で反応しているお前も異常だろ」
言葉を交わす間にも攻防が目まぐるしく入れ替わる。
トールの鎖戦輪をことごとく銃床と正確無比な銃撃で弾き、軌道を変えるファライ。
弾き飛ばされた鎖戦輪を即座に引き戻し、ポーチから取り出したマキビシでの指弾を交えて銃撃を迎撃し、牽制の指弾を飛ばすトール。
轟き渡る雷鳴と空を貫く発砲音が獰猛に互いを食らいあう。
――激しい戦闘音がそれを呼び込むのは至極当然の結末だった。
トールとファライは一瞬の目配せで示し合わせたように距離を取り、建物の陰から飛び込んできた獅子のような魔機獣をやり過ごす。
ここで時間をあたえれば、ファライは弾倉を入れ替えて仕切りなおす。トールは獅子の魔機獣へと一歩を踏み込み、機械化された魔機獣のたてがみに鎖戦輪を押し付けて磁力を付与した。
「吹っ飛べ」
魔機獣の脚が地面から強制的に浮き上がり、弾き飛ばされる。
錐もみ回転しながら飛ぶ魔機獣は冷静に銃口を向けたファライに脳天を撃ち抜かれて絶命し、銃床で下から叩き上げられて肉体にエンチャントを付与される。まるで定められたレールをなぞるように魔機獣の死体は空中を蛇行する。
蛇行する死体の動きで自らの姿をトールの死角に置いたファライは素早く弾倉を入れ替えていた。
同時に、トールは開幕で使用した鉄杭を手元に引き寄せて左手に掴んでいた。衝撃でひしゃげた歪な鉄杭でも電磁力を扱うトールならば利用価値が高い。
互いに仕切り直しの状態。互いの有利な間合いを取り合おうとしたその瞬間、遺跡全体が闇に閉ざされる。
――明暗の切り替え。
数日間、遺跡の探索に入っていた両者は動揺することなく、手近な建物に身をひそめた。
本来なら、罠や魔機獣を警戒して一時休戦に入ってもいい状況。
だからこそ、ファライが仕掛けてこないはずがないとトールは確信していた。
トールは一気に拡散した金属反応に気付いて身をかがめ、その姿勢のまま鎖戦輪を床に固定、磁力で自らを弾き飛ばす。
直後、トールがいた建物に銃弾が雪崩れ込む。
「……どうやって位置を特定した?」
暗闇の中、トールは赤雷を発してはいなかった。居所を特定されるような愚は犯していない。
疑問に思った直後、隣の建物に銃弾が降り注ぐ。
虱潰しに攻撃するつもりらしい。
なんとも強引な解決法に呆れるが、それが可能なほどの物量は感知していた。
「魔機銃を大量に持ち込んでばらまきやがったな」
あらかじめ遺跡に持ち込んでいた十数丁の魔機銃を放り投げ、引き金を引く仕掛けを起動。銃撃の反動で加速するのを利用してエンチャント効果で魔機銃を動かし、銃口を絶えず既定の位置に向けて攻撃し続ける。
トールが開始と同時に距離を詰めてくると読んでいたからこそできた仕込みだ。
距離を詰めなければ得意の狙撃で一方的に攻撃する二段構えの作戦だろう。
罠がダメと言われたから武器を持ち込む。ファライらしさに苦笑すらこぼれるが、笑ってばかりもいられない。
明暗が切り替われば、十数丁の魔機銃で弾幕を張り、ファライが愛用の魔機銃で狙い撃ってくるはずだ。
「ファライ相手に手を抜いて勝てるはずもないか」
本気を出したところで、ファライなら死なないだろう。
実力を認めているが故の信頼でもって、トールは鎖手袋を外した。
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