第20話  尻尾があれば回っている

 遺跡から戻った夜、ギルドへの報告を済ませたトールは明日に決まった決闘に備えてすぐに宿に戻った。

 始教典を精査するメーリィは椅子に、ユーフィはトールの膝の上に座っている。


「トールさん、私が焼いたクッキーです。どうぞ」

「おう、ありがとう」


 皿ごと差し出されたクッキーを一枚取って齧る。

 皿をテーブルに戻したユーフィが炭酸入り果物ジュースを差し出してくる。


「トールさん、喉は乾きませんか?」

「ありがとう」


 トールがジュースを受け取ると、ユーフィは一度膝から降りて荷物の元へと小走りで駆けていき、武器整備用の道具一式を持って戻ってくる。


「トールさん、トールさん、明日は決闘ですし、万全の準備をしましょう。手伝います」

「お、おう、ありがとうな」


 差し出された道具を受け取ろうとすると、ニコニコしていたユーフィがはっとした顔でメーリィを振り返る。


 数瞬の間の後、ユーフィは自らの手元の道具に視線を落とし、無言でトールに押し付けると部屋のベッドへ駆けていく。

 ポスンとベッドにダイブしたユーフィは枕を抱えて毛布をかぶり、丸くなった。


 思考共有で何か意見を交わしたのだろうとメーリィの方へ眼を向ける。

 メーリィは若干呆れ顔をしつつ、始教典をめくった。


「置いて行かれた反動でタガが外れていたので、客観的にどう見えるかを突き付けただけです」


 びくりと布団をかぶったユーフィが震えた。

 トールは苦笑する。


「道理で、久々に帰ってきた飼い主を大喜びで迎える犬みたいだと思ったよ」

「容赦のないたとえですね」

「メーリィも少し顔が赤いが」

「……思考共有で当てられただけです」


 メーリィはそう言って、火照った顔を手で扇ぐ。

 明日の決闘に備えて鎖戦輪の整備やマキビシの点検を始めると、メーリィが口を開いた。


「決闘はトールさんと百里通しのファライによる一対一、場所は遺跡の上層ですよね。何故、トールさんは場所を遺跡で提案したんですか?」


 カーラルの町の郊外や森の中であれば魔機獣、タレットといった邪魔が入らない。決闘場所に遺跡を選んだのが不思議だったのか、ユーフィも問うような視線を向けてきた。


「序列持ち同士の戦闘だと周辺が派手にぶっ壊れるからな。郊外でも森でも周辺環境に悪影響が出る」

「ファライさんは魔機銃の使い手ですよね。そんなに周辺に影響が出るんですか?」

「いや、あいつの考えは違う。遺跡なら隠れ場所に事欠かないから狙撃が主体のあいつにとっては楽な環境なんだよ。見取り図のおかげで潜伏場所も頭に入れておけるしな」


 遺跡での決闘は双方が全力を出せるからこそ成立している。

 勝敗条件は遺跡上層から出る、降参、気絶などの戦闘不能、武装の破壊などだ。


「殺し合いにはならないんですよね?」

「そこまでいったらギルドからストップがかかる。金城や俯瞰もいるからどうにか止められるだろ」


 トール自身、ファライの命まで取ろうとは思わない。

 序列持ちは貴重な戦力だ。潰しあうのは冒険者全体で見ても大損失であり、後ろ指を指される。


 個人的には鬱陶しくて嫌いな相手だが、流石に殺したいほど憎んでいるわけでもない。

 ユーフィが片手をあげて質問してくる。


「ところで、ずっと気になっていたんですがファライさんのエンチャントってどんな効果なんでしょうか?」


 ユーフィも思考共有で遺跡から脱出する際のファライの戦闘を見ていたはずだが、エンチャントの効果はわからなかったようだ。

 勇者パーティについて調べた際にも情報が出てこなかったのだろう。


「地味なんだよ。あいつのエンチャント」


 おそらく、ファライのエンチャント効果を知っている者は十人もいないだろう。


「効果はエンチャントを施したものに定めた軌道を取らせる効果だ」


 任意で加速や減速はできず重力や風の影響を受けるが、銃弾を蛇行させることができる。エンチャントが施されていない剣などで攻撃されても軌道を強引に曲げることができる。


「俺の赤雷と違って金属でなくても効果を発揮するから、Cランク以下の冒険者の攻撃を完全に無効化する。魔物の攻撃でも投擲物は避けるまでもなく勝手に逸れる。遮蔽物を迂回して銃弾を浴びせることができるし、弾丸が通る穴を縫って死角から命中させることもやってのける」

「……すごく強くないですか?」

「戦闘能力だけで序列十九位なんだ。俺と同等の戦闘力なんだよ」


 汎用性が高く、遺跡で旧文明時代の魔機銃を手に入れてからは一気に躍進して序列入りしている。

 もっとも、本人が気に入った依頼以外をやりたがらず、拠点を定めることなくふらふらしているためギルドへの貢献度が低い。


「一応、炭酸ポーションの準備もしておくか。決闘中には使えないが、まず間違いなく数発は貰うだろうし」


 トールがファライのエンチャントと特性を知っているように、ファライも赤雷の弱点、絶縁体についての知識がある。陰湿なファライのことだから確実についてくるだろうと、トールはある意味信頼していた。


「あいつと決闘はマジで面倒だ。カランの方が出てくれれば手間が省けたのに」

「結局、カランさんと吸血鬼、太陽聖教会の繋がりが分かりませんね」

「カランが吸血鬼じゃないことだけは確かだな。あいつが吸血鬼なら、遺跡でエンチャントを使った瞬間、魔機獣に感知されてリンチに遭う」

「つまり、吸血鬼の里の外部協力者ですか? ブラッディ・アーケヴィットの販売その他で外部に協力者がいるのは間違いないですから不思議ではありませんが」

「そんなところだろうな。何を企んでいるのか分からないが、一応は動向に気を付けてくれ。何なら、決闘中は俯瞰のそばにいておけ。あいつはまともだ」


 整備を終えたトールは武装を片付けながら二人を見る。


「決闘が終わった後はエミライアとの交渉になりそうだが、始教典とエガラ・ストフィの手記は交渉材料になりそうか?」

「向こうの目的を聞き出さないとなんとも。旧文明時代から生きる吸血鬼だけあって老獪ですね。情報がまるで出てきません」

「直接聞き出すしかないか」


 依頼そのものは達成したというのに、問題が山積している。

 場合によっては、エミライアより先にカランを捕まえて話を聞くことを密かに決めて、トールはユーフィを見る。


「夕食を一緒に作るか?」

「作ります!」

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