第19話 目的達成
大聖堂の中は殺風景だった。
「張りぼてみたいだな」
トールは率直な感想を呟く。
地球の宗教施設とは異なり、絵の類が置かれていない。幾何学的な模様や形状で魅せることもなく、無機質な殺風景さだった。
宗教施設というよりも避難所といった方がしっくりくるような建物だ。
「始教典があるとすれば礼拝堂、もしくは奥にある教主の座所でしょう」
ユーフィと思考共有で情報をやり取りしながら、メーリィが道案内してくれる。
キメラ魔機龍が最後の砦だったのだろう。大聖堂の中には罠やタレット、魔機獣などの脅威が一切存在していない。
「礼拝堂はここのはずですが……」
広々とした空間を見回して、メーリィはあきらめたように首を振る。
椅子などもなく、奥には太陽を図案化した彫像が安置されているだけで本はおろか収納できそうな場所もない。
いつ勇者パーティがキメラ魔機龍を突破してくるかわからないため、早々に見切りをつけて彫像の横の扉を開けて通路を進む。
途中にいくつかの小部屋があったが中はほとんどが空だった。
「――なんだ、ここ」
いくつかの小部屋を覗きながら進んだ先、やけに頑丈な鉄扉を見つけて中を見たトールは眉をひそめた。
背負われているためトールの肩越しに覗き込んだメーリィも目を丸くする。
「培養器、ですか?」
「魔機獣を生産するためだろうな」
鉄扉の先は体育館ほどの広さがある大広間だった。アニメや映画でしか見ないような大型の培養器がずらりと並び、中には動物の胎児らしきものが浮かんでいる。
あまりに現実離れしたその光景は九年も遺跡巡りをしてきたトールでさえ初めて見る。
「アルミニウムといいこれといい、旧文明の技術力は地球を超えてるな」
「地球にもクローン技術がありますよね?」
「あるにはあるが、こんなふうに大規模に生産――と言っていいのか疑問だが、やらないぞ」
トールの疑問こそが大規模に行わない理由でもある。
メーリィも地球の倫理観は理解しているため、大きく頷いた。
「こちらの世界でも倫理的な問題は出てくるでしょう。まして、いまよりも発展していた旧文明ならなおさらです。それでも、こういった施設が作られるほど追い詰められていたんでしょうね」
「エガラ・ストフィの手記か。人類が滅亡する瀬戸際ってことなら、倫理感も吹っ飛ぶかもな」
破壊すればストフィ・シティのAランク魔機獣が再生産されない可能性もある。
しかし、今回の依頼からは外れている上に貴重な技術を独断で破壊するのは躊躇われるため、先に始教典を探すことに決めてさらに奥へと進んだ。
大聖堂は魔機獣の生産施設も兼ねており、資材倉庫や制御施設が併設されている。
「この部屋が教主の座所です」
「もっと豪華な内装を期待してたんだけど、質素だな」
高級宿の一室の方が若干広いくらいだ。
この部屋にはクローゼットやテーブル、書棚などの家具一式が揃っている。清掃用の魔機が稼働しているのか、埃一つ落ちていない。
書棚をざっと流し見るが始教典らしきものはなかった。
事務机の引き出しを開けてみると、一番上の引き出しに革表紙の本が一冊、収められていた。
質素な部屋には不釣り合いな金の装飾が施され礼拝堂で見た太陽の図案が描かれている。
劣化の見られないその本を慎重にめくったメーリィは流し読みして目を細めた。
「始教典ですね。エガラ・ストフィの署名もあります」
「内容は?」
「吸血鬼や獣人といった知性ある魔物は脅威だ、から始まっていろいろな災厄を無理やり絡めて排斥を訴えてますね。儀式の手順も書かれていますが、麻薬の類を使用するようです。他にも、政敵の暗殺に関わると思われる記述がありますが……」
始教典を閉じたメーリィはトールのカバンに入れると再び背中に戻った。
「教典というより組織運営とカルト宗教としての実態を証明するための本ですね」
「それを欲しがるってことは、隠蔽目的か暴露目的ってことになるな。この遺跡の難易度や知名度を考えると放置したままの方が隠蔽できそうだし、暴露の方か」
「問題はなぜ暴露したいのか、ですね」
「ともかく、遺跡を出よう」
メーリィを背負って、トールは大聖堂を駆け抜ける。
キメラ魔機龍との戦闘音はいつしか途絶えていた。
「勇者パーティの皆さん、大丈夫でしょうか」
「俺たちに先を越されたことを悔しがってるだろうが、多分怪我一つしてないな。この遺跡の最深層で怪我を負うリスクがあったら撤退してる」
トールは赤雷のエンチャントで勇者パーティがどこにいるのかもわかっていた。
大聖堂の外、キメラ魔機龍を解体して魔石の採取をしながらトール達を待っているようだ。
大聖堂を出ると、早速百里通しのファライが声をかけてきた。
「トール! さっきの爆発はなんだい? とってもとっても興味をそそられたよ! そうそう、始教典は手に入れたんだろう? じゃあ、決闘しないとだね! 楽しみだなぁ。トールもだろう? ね? ね?」
「ファライ、決闘は町に戻ってからだ。戦闘の余波で始教典が台無しになったらお互いに依頼失敗だろうが」
「それもそうか。決闘は逃げないし、それでもいいよ。楽しみだなぁ」
わくわくしているファライにうんざりしつつ、トールは周囲を見回す。
戦闘で最深層のあちこちが破壊されているものの勇者パーティは誰一人傷を負っていない。キメラ魔機龍はすべて倒されて地面に転がっていた。
首をはねて、魔石を取り出し、翼と四肢を斬りおとしてある。樹木と龍のキメラであるためどこまでやれば絶命するか判断できず、生きていても動けない状態にしたようだ。
ヴァンガが声をかけてくる。
「一時休戦で町まで一緒に行かないか? 帰りの道中、始教典を奪還しに魔機獣が襲ってくるかもしれない。戦力を集中した方がいい。お互い、利のある提案だと思うが?」
「そうだな。そうするか」
ヴァンガの提案を受け入れて歩き出しながら、トールはメーリィに小さな声で話しかける。
「……カランの様子は?」
「動揺は見られません。すべてが予定調和といった様子ですね」
「エミライアといい、何を考えているやら」
決闘が終わってもまだ何かありそうだなと、トールは気を引き締めなおした。
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