第18話 大炎上
キメラ魔機龍を観察する。
鱗のような樹皮は数層になって体を覆っている。樹皮の層の下には金属骨格と最低限の筋肉があり、動作のほとんどが機械部品の動きで補助されていた。
内臓以外のほとんどを金属と樹皮に頼ることでエネルギーをあまり消費しないようにしているようだ。
長寿の龍種特有の狡猾さと慎重さ、なにより戦略的な戦闘の組み立て方も健在で、むやみに突っ込んでくることもない。
キメラ魔機龍の最大の戦略目標が大聖堂への侵入阻止に設定されているらしく、勇者パーティを深追いすることもなくキメラ魔機龍同士で連携を維持し続けている。
勇者パーティも負けてはいない。
防衛に定評のある序列五位Aランクパーティ金城の三人が前衛となってキメラ魔機龍七体の攻撃を捌ききっている。計十四丁の機関銃の弾丸一発すらも後方に一切通していない。
リーダーのヴァンガのエンチャントは特殊なモノだ。
効果は付与した動物のあらゆる身体能力、思考力を飛躍的に上昇させ、体感時間を引き延ばす。
付与されたものは一秒の攻防を五秒の長さに感じ、同時に上昇した身体能力や思考力により周囲の動きが極めて緩慢になったように感じるという。
身体強化との同時併用も可能で、ヴァンガがいるだけでその集団の戦闘能力は数十倍に跳ね上がる。
加えて、残りの二名のエンチャントは金属の生成、水の生成であり、数日維持できる簡易陣地を構築できる。
今も金城は鋼鉄製の盾をずらりと並べ、水流で盾を適宜動かすことで機関銃の掃射を受け続けている。
金城の後方で百里通しのファライが射撃姿勢を取り、キメラ魔機龍の頭部を狙い撃っている。一発だけでは表面の樹皮を弾き飛ばすのがせいぜいだが、正確に同じ個所に打ち込み続けて確実に樹皮をはがし、防御力をそぎ続けている。
だが、トールにとって意外だったのは光剣のカランの動きだ。
金城よりもさらに前、最前衛を買って出ている。
エンチャントによるものか、一メートルほどの両刃剣は白色の光を発している。剣の間合いが掴みにくいその光剣でキメラ魔機龍に大きく回避行動を取らせ、巧みに体勢を崩させている。
魔物や魔機獣を幾度も相手にして重心の崩し方を熟知しているのだろう。
機関銃の攻撃すらも別のキメラ魔機龍を盾にすることで狙いを絞らせず、光のエンチャントで自分自身も度々明滅して見失わせる。
独特の歩法と明滅の間隔を合わせることでストップモーションのように動きを誤認させ、奇襲まで仕掛ける手際の良さはトールも感心するほどだった。
しかし、この場を一変させる秘策はトールの背中に乗った最も非力なはずの双子の片割れが持ち込んでいる。
「では、いきますね」
「おう」
トールは走り出す準備を整えつつ、勇者パーティに声をかける。
「爆発するから、気を取られるなよ!」
トールに気付いていた勇者パーティたちが視線も向けずに怪訝な顔をする。
「爆発のエンチャントでも、魔機龍のエンチャントは抜けないと思うの」
俯瞰のミッツィが忠告してくる。
トールが赤雷のエンチャントを持つのはこの場の全員が知っている。ならば、爆発はメーリィが起こすエンチャントだと予想したのだろう。
キメラ魔機龍はその樹皮にエンチャントを施しているらしく、魔法攻撃やエンチャントに対して高い抵抗力を持っている。
エンチャントによる爆発だけでは重量があるキメラ魔機龍の体勢を崩すことすら難しい。
だが、メーリィの策は魔法ではなく科学頼りの攻撃だった。
「とうっ」
気合を入れているらしいのに気の抜ける可愛い声が発せられる。
メーリィが身体強化を使用しつつ放り投げたのはとある袋だ。
続けて、トールが水筒を磁力で弾き飛ばし、袋に直撃させ、袋ごと進路をふさぐキメラ魔機龍に直撃させる。
破裂した袋と水筒が中身をぶちまけた。
キメラ魔機龍が一切痛痒を感じない様子で怪訝そうにトール達を振り返る。先ほどの袋と水筒が攻撃と呼ぶにはあまりにも貧弱すぎたため、脅威と判断すべきか、一瞬悩んでしまったのだ。
キメラ魔機龍のほんのわずかな躊躇、それは赤雷が走るには十分すぎる時間だった。
一筋の赤い閃光がキメラ魔機龍に届いた瞬間――小規模な爆発音とともにキメラ魔機龍が燃え上がった。
「ちょっと通りますよっと」
全身が燃え上がりのたうち回って火を消そうとするキメラ魔機龍の横を走り抜けて、トールとメーリィは大聖堂に滑り込む。
背後を振り返ると、キメラ魔機龍は体表面の樹皮にまで類焼した炎に焼かれてのたうち回っている。
予想以上にえぐい光景に、トールすら引いていた。
「こわっ。俺、あれで灯りを取ってたのか」
メーリィが投げつけたのは炭化カルシウムの粉が入った袋だ。
キメラ魔機龍の樹皮の隙間に入り込んだ炭化カルシウムは同時に投げつけられた水筒の水と反応してアセチレンガスを発生させた。
多層構造の遺跡の最深層だけあって風がなく、発生したガスは流れることなくその場にとどまり、赤雷で着火し、キメラ魔機龍の樹肌を煌々と燃える炎で包んだ。
本来、この最深層に到着するまでに松明の類は度重なる魔機獣の襲撃で消えているはずだ。魔法での着火もキメラ魔機龍のエンチャント強度を抜けるはずがないと製作者は高をくくっていたのだろう。
まさか、異世界の知恵で即席の火責めを現場で思いついて実行する者がいるとは想像もしなかったはずだ。
「よく燃えますね。さぁ、いまのうちに始教典を探しましょう」
早々に思考を切り替えたメーリィが大聖堂の奥を指さす。
残ったキメラ魔機龍と勇者パーティがいまだに戦闘を続けているが、今回の依頼は相互不干渉を事前に取り決めている。
命にかかわる事態ならともかく。勇者パーティは時間はかかってもキメラ魔機龍に負けることはないだろう。いざとなれば撤退もするはずだ。
「帰りはどうするんだ?」
「実は、ギルドで売ろうと思っていた炭化カルシウムの在庫を全部持ってきているんです」
「量は?」
「五袋分……」
水と反応しなければさほど危険なものではないものの、キメラ魔機龍が炎上する光景を見た後ではなかなかゾッとする量である。
早く始教典を見つけて脱出しようと、トールはメーリィを背負って大聖堂の奥へ走った。
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