第17話 最深層
深層に到着してすぐ、メーリィが口を開いた。
「最短ルートをナビします。横の壁を壊してください」
「壊すのか?」
「はい」
飛び越えるのではなく壊すという指示を疑問に思いつつ、トールは民家らしき建物の壁に鎖戦輪を直撃させ、上下に波打たせて切れ込みを入れると蹴り抜いた。
民家の中に飛び込むと、メーリィが次の指示を出す。
「地下への階段を下りてください」
「了解。天井に頭をぶつけるなよ」
背中のメーリィに注意を促しつつ、正面に見えた階段を駆け下りる。
「北方向の壁と床の接続部分を攻撃してください」
「え?」
疑問に思いつつ、トールはマキビシを戦輪の輪に放り込んで壁と床に撃ち込んだ後、鎖戦輪を叩きこむ。
ガラガラと奥の方へと建材が転がっていた。
現れたのは太い管状の通路だった。
「都市排水用の水路です。ここは罠がありません。魔機獣はいると思いますけど」
「爆発型が怖いな」
「トールさんなら事前に把握できるかと」
トールの索敵能力を考えれば、確かに迷路状態の地上部分よりも素早く移動できる。
マキビシを回収し、水路に降りる。
排水用とのことだが、利用されなくなって久しい遺跡だけあって水路も綺麗なものだ。魔機獣や清掃用の魔機が稼働していることもあり水路をちょろちょろと流れる水は透明度が高い。
広いうえに階層構造の都市型遺跡のため、水路の大きさもかなりのモノだった。直径はおおよそ五メートル、石造りのようだ。
「暗いが、タレットも罠もないってのは楽でいいな」
「でも、注意してください。水路からの侵入も予想された造りになっています」
「分かるのか?」
「どのルートを使っても絶対にスロープや重要施設には近づけないようになっています」
「対吸血鬼用の城塞都市だし、太陽光が入り込まない水路への対策は考えてあって当然か」
トールは納得しつつ、水路の奥へとマキビシを撃ち出す。
すでにトールの接近に気付いていたらしい金属反応が素早く天井へと飛び上がってマキビシを避けた。
なかなか機敏な魔機獣と出くわしたらしい。
トールは前方に赤雷を飛ばして一瞬の灯りを確保し、相手を見定める。
それは見たことのない不思議な形状の魔機獣だった。
金属製の丸い胴体に伸縮性が高そうな触腕が全周についている。胴体は直径一メートルほどだが、触腕は八メートルほどもあり、吸盤を水路の壁面や天井に張り付けている。
「タコの全体に触手を付けた感じか?」
「気持ち悪いですね」
ここまでトールの背中に揺られていたのもあって吐きそうな顔のメーリィが嫌そうにつぶやいた直後、魔機獣が触腕で壁や壁面をしっかりと捉え、弓を引き絞る様に後方にのけぞった。
結果を見なくても次に何が起きるのかが分かる。
金属製の胴体をそのまま砲弾のようにして、魔機獣が一気に突っ込んできた。
予想していたトールは大きく左に飛ぶと同時に鎖戦輪を地面に撃ちこみ、反動で天井に飛びあがる。
魔機獣は触腕で胴体を覆い、ゴム毬のように水路を跳ねまわりながらトールを正確に追いかけてきた。
「ちっ」
トールは鎖戦輪を正面で高速回転させて魔機獣を弾き飛ばし、赤雷を一気に解放する。
魔機獣の体を覆っていた触腕の吸盤から、ガラス製の針のような物が打ち出された。
背中のメーリィに当たらないよう大きく回避行動をとり、トールはマキビシを宙に放り投げる。
直後、鎖戦輪が龍のように魔機獣を半包囲し、マキビシを百八十度から撃ち込んだ。
生体部分である触腕がはじけ飛び、胴体の金属が大きくへこむが致命傷には届かない。
想定以上の頑丈さに口笛を吹き、トールは鎖戦輪を一閃、マキビシを回収しながらさらに後退する。
残った触腕で再び自らを砲弾に見立てて突進してくる魔機獣に、トールはにやりと笑った。
「触腕がないなら絶縁できないだろうが――」
鎖手袋に覆われた左手を突き出し、魔機獣に赤雷を放つ。
水路に雷鳴が木霊し、赤い閃光に貫かれた魔機獣が床に転がった。
念のために鎖戦輪で魔機獣の胴体を真っ二つに切り裂いて、トールは水路の奥へと再び走り出した。
「トールさん、水路の中なんですから赤雷を使うときは言ってください。凄くうるさいです」
「あ、すまん」
「いつまでもソロ気分じゃだめですよ。私たちもいるんですからね?」
「反省してるって」
「そこを右に曲がってください」
メーリィの指示に従って暗い水路を行くことしばらく、脚を止めるように言われたトールは周囲に敵の気配がないのを確認してから立ち止まった。
「ここの真上が水路の出口の一つですが、二機のタレットが射程に収めています。加えて、魔機獣もおそらく出待ちしているかと」
「魔機獣の気配がないな。狙撃ポイントで狙ってそうだ」
「タレットはどちらも東側ですが、魔機獣の位置まではわかりません。周囲に高い建物はなく、射線は三百六十度、通っています」
「スロープの位置は?」
「ここから北東です」
位置関係を頭に入れたトールは頭上の格子戸を見上げる。
おそらくは鉄製、幅二センチ、長さ五センチ程度の隙間がずらりと空いており、雨水などを水路に流し込めるようになっている。格子戸の大きさは一メートル四方で、壁には点検の際に利用するだろう鉄の梯子が取り付けられている。
トールは梯子を掴み、赤雷を纏わせた。
「一気にスロープまで飛ぶから、しっかり掴まってろ」
「飛ぶ?」
「こういうことだ」
メーリィがギュッとトールの背中にしがみついた直後、トールとメーリィは梯子と共に宙を舞っていた。
キョトンとした顔のメーリィは、周囲を暴れまわる赤雷を見て遅れて状況を察する。
梯子に磁力を纏わせ、格子戸を反発で上空に高く打ち上げる。即座に足元に鎖戦輪を敷き、そこに乗って磁力で急上昇した。
では、なぜ梯子を掴んだままなのか。
トールは頭上の格子戸を掴み、地面へ向ける。直後に無数の弾丸が格子戸を揺らし、磁力によりくっついたかと思うと反発して射手であるタレットや魔機獣に返っていく。
魔機獣はあっさりと避けてみせるも動けないタレットは直撃を受けて白煙を噴き上げた。
トールは梯子から手を離し、鎖戦輪を押し付ける。
「北東、あれか」
スロープを目視し、強烈な磁場を発生させる。
鉄製の梯子と鎖戦輪が強く反発し、トールとメーリィはスロープへ飛んだ。
高速で飛ぶトールだが、上空にいる以上は良い的だ。
四方八方から飛んでくる魔機獣の攻撃を格子戸を盾にして捌き切り、スロープ間際の地面に鎖戦輪を投擲、磁力の反発を精妙に調整して軟着陸を決める。
背中でぐったりしたメーリィが頭を振った。
「トールさんにしがみつけるのは役得だと思っていた時期が私にもありました」
「絶叫系は苦手?」
「ジェットコースターなんてものはこの世界にありませんよ。それに、嫌いです」
頬を膨らませるメーリィに笑いながら、トールたちは遺跡の最深層へとスロープを駆け下りる。
「この先はどうなってるんだ?」
「大聖堂と周囲には広い庭があります。いわば、最終防衛ラインだと思います」
「戦闘音が聞こえるな」
スロープの先から激しく戦っている音がする。
「勇者パーティでしょうか?」
「他にいないな。しかし、あのメンツを相手に戦闘になるとは……落陽クラスのとんでも兵器が陣取ってそうだな」
最終防衛ラインにふさわしい魔機獣が配置されているのだろう。
警戒しながらも最高速を維持してスロープを降りていく。
見えてきたのは低い天井と敷地の半分以上を埋める大聖堂。手前には遺跡の上部構造を支えるための巨大な柱が規則正しく並ぶ庭があり、ところどころに植えられた低木が無機質さを殺している。
そんな庭で勇者パーティが複数の魔機獣を相手に激闘を繰り広げている。
一見すると、それは茶色いドラゴンだった。
しかし、よくよく観察すればその竜の肌は悠久の時を生きた古木のような樹皮で覆われ、特徴的な角には葉が茂っている。
「……龍と樹木のキメラ、でしょうか?」
初めて見るドラゴンに好奇心を刺激されたメーリィがまじまじと見つめる。
トールは首肯した。
「魔機龍だ。それも特殊型だな」
トールの指摘通り、キメラのドラゴンの力強い四肢は金色の金属で覆われている。樹皮と金属で硬化した翼には回頭する機関銃が取り付けられ、長く太い尾はチェーンソーのようになっていた。
Aランクパーティが討伐に出なくてはならない魔機龍の特殊型。それも遺跡を防衛する最終兵器として配置されているのなら、その脅威度は魔機龍とは比較にならない。
「きつそうだが、おかげで勇者パーティに追いつけたな」
上の階層から魔機獣の増援が来る前に魔機龍を突破し、大聖堂に踏み込もう。
意気込むトールに、魔機龍を観察していたメーリィが声をかけた。
「――考えがあるんですけど、聞いてくれますか?」
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