第16話 強行突破
「不安か?」
森の中をストフィ・シティに向かって疾駆しながら、トールは腕の中のメーリィに声をかける。
「え……?」
自覚がなかったのか、疑問の声を上げるメーリィにちらりと視線を向けて、トールは口を開いた。
「顔色が悪いからさ。安心しろ。Aランク魔機獣の群れだろうが、タレットさえ避けていけばメーリィを守りながらでも突破できる。道案内に集中してくれ」
「はい」
不安は晴れていないようだったが、それでもメーリィは遠くの遺跡に目を向ける。
トールは一度メーリィを下ろし、背中を向けた。
「一気に駆け抜ける。しがみついていてくれ」
「おんぶですね。ぜいたくを言えばお姫様抱っこが良かったです」
「両手が塞がるから駄目だ」
「帰ってからのお楽しみですね」
「……分かったよ」
そうそうに根負けするトールの背中におぶさったメーリィが思考共有でユーフィとストフィ・シティの見取り図を共有する。
「深層、最深層のタレットの位置も大まかに割り出している最中だそうです」
「最短ルートだけでいい。頼んだ」
「伝言です。頼まれました。報酬は膝の上に座らせてもらう権利半日分です。とのこと」
「なんか、お前ら最近ぐいぐい来るな?」
遺跡に向けて走り出すトールにしがみつき、メーリィは耳元でささやく。
「利益を得るのが商人ですので」
「安上がりな気もするがな。――いくぞ」
トンッと軽く地面を蹴った直後、トールは身体強化を施しながら正面に鎖戦輪を投擲し、木の枝に引っ掛けると磁力で自らを引き寄せる。
急加速した勢いそのままに、トールは地面に鎖戦輪を放ち、そこに足を乗せると磁力の反発を利用してさらに加速する。
遠くにあったはずのストフィ・シティの城門が見えてきたかと思うと、トールは城壁の上部に鎖戦輪を打ち込み、磁力で引いてあっさりと飛び越える。
「やってるな」
遠くで宙を飛んでいた魔機獣が銃声と共に墜落していく。百里通しのファライによる狙撃だろう。
「もうあんなところまで……」
背中のメーリィが感心したようにつぶやいた。
墜落した魔機獣の位置から判断すると、勇者パーティはすでに上層の奥地、スロープ際まで進んでいるようだった。
もともと高い戦闘能力を有した集団だ。正道が分かれば強行突破もたやすい。事実、魔機獣に学習されて手こずりながらマッピングしていたはずの彼らは寄せてくる魔機獣を正面から蹴散らしながら疾走している。
「追いつけますか?」
「誰に言ってる」
好戦的な笑みを浮かべたトールは城壁を蹴り飛ばし、手近な建物の屋根に着地する。
上層から下層までのタレットの位置は割り出せている。魔機獣にさえ注意すれば、足を止めることもない。
まして、探索の必要もないのなら――
「どうにか追い付くだろ」
屋根の上で奇襲の機会をうかがっていたトカゲ型の魔機獣を指弾で撃ちだしたマキビシで殺し、死骸の尻尾を掴む。
アンダースローで死骸を放り投げると、屋根に同化していた他の魔機獣を巻き込んで転がっていく。
進路の掃除を終えてトールは加速し空から急降下してくるコウモリを見上げもせずに鎖戦輪で一閃する。
屋内から屋根を突き破って攻撃を仕掛けてくる蛇型魔機獣の顎を蹴り飛ばして強制的に閉じさせる。
「いい鞭じゃん」
「トールさん、悪い顔――きゃっ」
トールが右足で急制動をかけ、鎖戦輪を振り抜く。先端のわっかに蛇型魔機獣の首を引っかけると、屋内から胴体ごと一本釣りし、正面に振り下ろした。
建物が崩れ、中の魔機獣が蛇の巨体に叩きつぶされる。
鎖戦輪だけで五メートル、さらに蛇型魔機獣の巨大な胴体で延長された間合いは十メートルを優に超えた。
「っしゃあ、どんどん行こう!」
「酔いそうです」
「乙女の意地で頑張れ。先は長いぞ」
「うぅ……」
背中のメーリィが不平を訴えるも、トールの脚は止まらない。
上層を駆け抜け、ボロボロになった蛇型魔機獣をポイっと投棄し、中層へのスロープを駆け下りる。
スロープ終端で左右から牙を剥き出しに噛みつこうとしてくる大型のトラ型魔機獣の間を高速で駆け抜けて完全に無視する。
「本当にこの調子で苦戦していたんですか?」
「いままでは学習されないように倒さないといけなかったんだ。目的地までのルートが分かった以上、駆け抜けても大丈夫」
メーリィに答えながら、右足を浮かし、鎖戦輪を踏みつける。踏切台のように磁力で跳ね上がったトールは建物を飛び越えて、一本先の通りに着地する。
左脚を軸に反転し、再び高速で駆けだした。
「メーリィ、ここからは大型の魔機獣や特殊型が増える。毒ガスをまく奴がいるから派手に爆発しても気にするな」
言っているそばから魔機獣の反応を見つけて、トールは鎖戦輪を縦に振り回す。横合いから飛んできた岩の塊が鎖戦輪に弾き飛ばされて路上に転がった。
撃ち出した魔機獣が建物を挟んで向かいの道を並走しているのを感じ取り、トールは速度を上げる。
相手は魔機獣だ。通常、その速度は人間がかなうものではない。
だが、今回の魔機獣は重砲を背負っているせいで動きが鈍いうえに道がわずかに湾曲して離れていく。
建物をぶち抜くのにも時間がかかり、トールはあっさりと魔機獣をまいた。
「戦闘音が聞こえませんね」
先を行くはずの勇者パーティの動向が探れずに眉をひそめるメーリィに、トールは小さく頷く。
「戦闘役がファライと交代したのかもな」
「何のために?」
「俺との決闘権があるから、ファライの体力を温存する方針だろう」
始教典をどちらが奪取した場合でも決闘で所有権が移る可能性が残っている。
トールが追いかけてきているのは戦闘音で気付いたか、俯瞰の能力で発見したのだろう。
トールを一向に引き離せないことからも、正規ルートを通っていることは予想できるはず。
「追い抜かれることも考えて保険を取ったな。まぁ、他のメンツも序列持ちだ。速度は落ちないだろ」
中層を駆け抜けて下層に到着した直後、明暗が切り替わる。
即座に赤雷を散らして周辺状況を把握する。
「メーリィ、罠は分かるか?」
「罠の配置もパターン化されているようです。正面に感圧板と連動した罠はありますか?」
「ある」
「でしたら、次の角を左へ、すぐに見える十字路を右に曲がって直進してください。途中で機関銃式のタレットの射程に入りますが、大丈夫ですか?」
「そのタレットなら位置が分かる。壊しておこう」
「壊すってどうやって――」
メーリィが言い切る前に、トールは感圧板を鎖戦輪で押し込み、罠を起動させる。
左右から撃ちだされた身動きを封じるための投網が開ききる前に、トールは鎖戦輪を絶妙な操作で振り抜く。
開ききる前の投網が鎖戦輪の輪の中にすっぽりと収まり、猛烈な勢いで空に放り出された。
投網の落下地点にはタレットがある。
「ナビを頼むぜ」
「強さがでたらめですね」
「伊達に一人で潜ってねぇよ」
笑い飛ばしながら、見取り図の情報を教えてくれるユーフィとメーリィの案内の元、下層を駆け抜ける。
深層へのスロープが見えて来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます