第15話  急転直下

「始教典の争奪どころじゃなくなりそうな話だな」


 双子からエガラ・ストフィの手記について聞いたトールは話の大きさに困惑する。


 今まであちこちの遺跡に潜ってきたトールだが、世界の衝突だの、飲み込まれて滅亡するだのと言った資料を見つけたことはない。

 魔機龍を突破してたどり着いたガザン荒野の旧文明の大図書館ですら、その手の話は発見できなかった。

 エガラ・ストフィの手記の記述が正しければ、旧文明の滅亡間際、混乱期には資料を残せるだけの余力すらなかったのだろう。


「さすがに手記だけを鵜呑みにすることはできないが、ギルドに報告を上げた方がいいな。二人の名前も報告者として出すぞ。戦闘屋の俺の署名だけだと疑う奴が出てくる」


 世界が滅亡するという話は信じがたい。信じたくない者も出てくるだろう。


「ほ、報告書、ですか?」


 メーリィが渋い顔をする。ユーフィも困り顔で、揃って気乗りしない様子だった。


「何か問題が?」

「だって、この手記はほぼラブレターですよ? それを不特定多数に公開するというのは、その……」

「うっ……」


 トールとて、良心の呵責はある。

 旧文明時代の手記だけあってエガラ・ストフィはすでに故人だとしても、ラブレターを公開するのはあんまりだ。

 だが、ことは世界の趨勢にかかわる問題である。


「せめて、この手記を読むべきヴィーという吸血鬼と連絡がとれたらいいんですけど」

「ヴィーの好きにして構わないと書いてあるわけだしな。エミライアに仲介を頼んでみるか」


 いまいち裏の目的が分からないものの、表立って敵対しているわけでもない。連絡の仲介くらいはしてくれるだろう。


「それに、この手記は太陽聖教会の存続にもかかわります。これを公開すれば勇者カランに疑惑の目が向き、太陽聖教会の実態がないことも、ひいては吸血鬼の存在とこの件への干渉すら表ざたになります」

「エミライアさんの思惑がどうであれ、現在の盤面を根底から覆す禁じ手です。こちらの手元に置いて、エミライアさんとの交渉材料にする方が穏便に話は進むかと思いますよ」


 双子の説明に、トールは頷いた。


「そうだな。エミライアの思惑を聞き出してからでも遅くはないか。ダンジョンの出現頻度の増加傾向は気になるが、旧文明時代を知るエミライアの証言も含めて報告書を作成した方が信憑性も増す。一時保留にしよう」


 ここまでエミライアが読んでいたとすれば癪だが、トールは方針を決めて立ち上がる。


「冒険者ギルドで情報を集める。手記と同様の資料をどこかの冒険者が持ち込んでいるかもしれない」

「それがあれば、わざわざ私たちもラブレターもどきを公開しなくて済みますね」


 よかった、と双子が安心して笑う。

 トールは武装を整え、双子は在庫の炭化カルシウムを持って共に宿を出た。


「ギルドに行ったらその足でまた遺跡へ?」

「あぁ、下層の下、深層に降りたんだが、ここから先は魔機獣の休息場所も不明だからな。とにかく足で稼がないとタレットの位置も割り出せない」

「お疲れでは?」

「正直、かなり疲れてる。だからこそ、さっさと終わらせたい。それで、美味い魚を食いに行こうぜ」


 動物系の魔機獣ばかりを相手にしてうんざりしてきたからか、最近無性に魚が食べたいトールである。


「日本の魚料理ですか? 煮つけ?」

「醤油がないから無理だよ。茶碗蒸しなら作れるけど」

「食べてみたいです、茶碗蒸し!」

「家庭科の授業で覚えたレシピだから、こっちの人間の口に合うかは知らないぞ」

「よく覚えていますね。トールさん、あまり料理をしない人なのに」

「異世界に来てすぐ、日本食が恋しくなった時に備えて覚えている限りのレシピを書き出したんだ」


 トールは元々一人旅をしていたこともあり、積極的ではないが料理そのものはできる。

 大通りを進んでいくと、冒険者ギルドが見えてきた。

 扉を開ける。


「なんか人が多いな」


 いつもよりもギルド内に人が多い気がして、トールは周囲を見回す。

 ここ数日、遺跡で見かけた顔もちらほらとあった。よそから人が大量に流れてきたわけではないらしい。

 依頼掲示板を横目に見る。もともと人口の少ない寂れた町だけあって掲示板の依頼も数は少ない。新しい依頼が増えた様子もなかった。


「話を聞く限り、トールさんが深層入りしたことで新しい情報が出るのを期待しているみたいですね」

「あぁ、そういうこと」

「勇者パーティも深層入りしたとの情報があります」

「だろうな」


 自分がたどり着いたのだから、勇者パーティもたどり着くころだろうとトールも思っていた。

 双子がギルドの受付に声を掛けに行く。

 トールは適当なテーブルを確保して双子の後姿を眺めつつ考える。


 エガラ・ストフィの手記の記述が正しいのなら、日本に繋がるダンジョンがどこかにあってもおかしくはない。

 だが、探す気にはなれなかった。


 世界同士が衝突した結果ダンジョンが発生するのなら、落ち物もおそらく同様の自然現象による事故だろう。

 つまり、世界同士の衝突そのものを防がなければ、同様の事故は起き続ける。


「地球に帰っても不安の芽はそのままか……」


 しかも、この世界に定住を決めたというのに世界が滅亡するという。


「間が悪い話だ」


 十年目に突入しても愛着がわかなかった世界が滅亡すると聞いて焦ってしまうのは、あの双子がいるからだろう。

 トールは苦笑する。

 世界の滅亡を食い止めようと考える自分に。


「柄じゃねぇなぁ」


 そうボヤいた時、ギルドの入り口に冒険者の集団が現れた。

 その集団に一瞬視線を向けすぐに視線を戻す冒険者ばかりだったが、トールは集団の様子に気付いて注目する。

 遅々として進まない遺跡探索で停滞感が漂っているギルドの中で、集団の纏う空気があまりにも明るかったからだ。


 集団の後ろから金城を先頭に勇者パーティが入ってくると、ギルド内の冒険者の視線は勇者パーティに集まった。

 集まった視線に気分良さそうな顔でトールをチラ見してくる百里通しのファライを完全に無視して、トールは集団の動きを観察する。

 まっすぐに受付に行った集団は双子と入れ替わるように受付の職員と話し始める。

 ユーフィとメーリィがトールの元へと歩きながら、集団を振り返っていた。


「トールさん、あの人たち、何か大きな発見をしたみたいです」

「二人もそう思うか」


 双子と共に成り行きをうかがっていると、職員が何かを確認し、バタバタと慌ただしく動き始める。

 ここに至って、ギルド内の冒険者たちも騒ぎに気付き、職員たちとどこか得意げな冒険者の集団を観察し始める。

 何かの手配を終えた受付職員がギルド内を見回して笑みを浮かべた。


「ストフィ・シティ全体の見取り図が発見されました!」


 受付職員のアナウンスに一瞬、ギルド内が静まり返る。

 直後、大歓声が沸き上がった。

 見取り図を持ち込んだ集団へ喝采が送られる。


「……まずい」


 珍しく、トールが焦りの表情を浮かべて立ち上がり、双子が勇者パーティを見た。

 ファライがにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

 職員たちが準備を整え、依頼掲示板へと歩いていく。

 ガラスで保護された額縁に数枚の見取り図が納められ、依頼掲示板に掲げられる。


「俯瞰、行くよ」


 ファライが声をかけ、ギルドを飛び出す。続いて、金城のヴァンガたち、光剣のカランが出ていった。


「赤雷、同情する。私たちを相手にしたことを――」


 俯瞰のミッツィが左手に持った巾着袋をくるりと手元で回転させる。遠心力でギルドの天井に放り出されたのは木製の薄い円盤だった。

 見るまでもない。

 俯瞰の二つ名を持つミッツィのエンチャントは、対象物を起点とした視界を確保する能力。


 つまり、ギルドを飛び出しても張り出された見取り図を見続けることができる。


「くっ――」


 トールの場合、地図を完璧に暗記するか、複製しなくてはならない。そんなことをしているうちに、俯瞰の道案内で勇者パーティは最深部の大聖堂にたどり着き、始教典を奪取する。

 こればかりはどうしようもない――そう諦めかけた時、左右からユーフィとメーリィが腕に抱き着いた。


「私たちのどちらかを連れて遺跡へ行ってください!」

「どちらかがギルドに残って地図を見て共有します!」


 トールの決断は早かった。

 ギルドの入り口に近い方、メーリィを腕に抱え、走り出す。


「あっ……」


 置いて行かれたユーフィが小さく声を漏らした。

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