第14話  姉妹喧嘩

 ヴィー、君は私を聡明だと言っていた。

 私は愚か者だ。

 聡明なのは君だよ、ヴィー。

 君はあの状況下で私が何をしようとしているのか、すべてお見通しだった。

 今でも君が姿を消す直前の言葉を一字一句忘れていない。

「……聡明なあなたのことだから、最も安易で安直な方法にも気付いているんでしょう? その方法を前に悩む理由は何かしら? 人間しか助けないその身勝手さを口にするのが怖いから? それとも――いえ、これを口にするのは私の傲慢よね」

 傲慢は私の方だよ、ヴィー。

 君があの時、姿を消してくれたから私は傲慢でいられたのだ。

 文明は滅亡する。確定だ。だが、人類が滅亡しない方法はある。

 人類と落ち物の全面衝突を歴史に残さず、スケープゴートを作り出し、のちの平和の礎にするのだ。

 私は、人類と落ち物の共通の敵対者として、カルト宗教――太陽聖教会を立ち上げた。


※※※


 血を吸うことで仲間を増やせる吸血鬼はもちろん、人類との交配が可能な獣人、エルフが存在する以上、緩やかにその血は混ざるだろう。

 魔機獣は遠からず、人類を襲うようになる。

 確実に文明は崩壊する。

 文明の力を失った人類が吸血鬼や獣人と敵対してしまえば確実に滅ぼされる。

 だからこそ、確執の原因をその責を全て背負う存在、太陽聖教会はカルト宗教であるべきだ。

 私は残りの人生をかけて、太陽聖教会がまごうことなきカルト宗教として認知されるように育てよう。

 もはや、私の考えていた未来は訪れないのだと悟った。だが、私の死後に訪れないとは限らない。

 不死の君なら辿り着くと確信している。

 この手記を公開するだけで、太陽聖教会は瓦解するだろうからね。


※※※


 だから、これを書くのは私の傲慢の表れだ。


「あの時伝えられなかった言葉を記そう。

 愛している。

 敵対することになった今でも、私は君を愛している。

 君と過ごす時間ではなく人の平和を勝ち取る時間を選んだ私が言えた義理ではないかもしれない。もしもこの手記が君の元に届いたなら、好きに扱ってくれて構わない。

 ただ、あの時君に愛していると伝えきれなかったことだけが心残りなんだ。

 それが、君の迷惑になる、私の自己満足にすぎないとしても、もしもこの一言で君の心にさざ波が立つのなら、私にとって幸いだ。

 ヴィー、私は貴女を愛している」


―――――――――――――――――――――――――――――――


「――ヴィー、私は貴女を愛している」


 最後の一文を読み終えたユーフィとメーリィは資料を前に険しい顔で思念を送りあう。


(大問題ですね、公私共に)

(非常に由々しき事態です)


 エガラ・ストフィなる人物が残した手記に書かれていたのは、世界規模の非常事態である。


(情報を総合すると、世界同士が衝突してできたのがダンジョン)


 ユーフィが両手で拳を作って合わせる。


(そして、飲み込まれた世界が吸収される)


 片手で拳を覆うユーフィに、メーリィが頷いた。


(吸血鬼は飲み込まれる世界に見切りをつけ、こちらの世界に移ってきたようですね。それが旧文明時代)

(つまり、エミライアさんはこのことを知っていることになります)


 現在、世界中でダンジョンの発生件数は増えている。

 フラーレタリアのギルド支部長が他所からせっつかれるほど、冒険者の数が足りなくなっている。


(旧文明時代と同様、世界が衝突している、ということになりますね)

(ダンジョンの最奥で発動する結界は衝突した異世界をはじき返す目的もあるのでしょうね)

(異世界の資源を求めた旧文明が逆襲に遭い、魔機獣で抵抗するも最終的に滅んだという通説も覆りますね)

(歴史的な発見と言えるでしょう。世界中がパニックになりかねませんけど)


 世界が滅亡する。俄かには信じられない規模の話で双子もピンとこない。

 だが、私的には無視できない情報もいくつか書かれていた。


 この手記に書かれていることが事実なら、旧文明時代には確かに太陽聖教会が存在したことになる。

 それも、人類と吸血鬼などの落ち物が過度な溝を作らないようにスケープゴートとなるべく作られている。


(エミライアさんたち吸血鬼と太陽聖教会につながりがあるのは確か。だとすると、なぜいまだ太陽聖教会が存在していることになっているのでしょう)

(いままさにスケープゴートとしての役割を果たそうとしているからでは?)

(つまり、エミライアさんの裏の目的は、太陽聖教会という看板を下ろすことと、その後の状況作り、でしょうか?)

(情報が足りませんが、おそらくは。ひとまず、この資料から読み取れる最大の問題を考えるべきではありませんか?)


 ユーフィとメーリィは資料を片付け、ため息を一つ。

 エガラ・ストフィの手記の解読を進める内に現れたその大問題からは今まであえて目をそらしていた。

 しかし、昨日トールに姉妹喧嘩を見透かされてしまっている。隠すことはできない。


(大前提です。口で会話をしましょう)

(そうですね。会話中の思考はお互いに無視しましょう)

「覚悟は良いですか、メーリィ」

「ユーフィ、覚悟してください」


 同時に宣戦布告をし、向き合う。

 エガラ・ストフィの手記から読み取れる個人的な最大の問題。

 それは、ダンジョンを利用すればトールが地球に帰れる可能性が高いということ。

 そして、実際に世界を渡ってきたエミライアの助力があれば、トールが地球へ帰還する見通しも高まる。


「帰ってしまうでしょうか、トールさん」

(帰したくない)

「帰還の方法を探している内に序列持ちになったほどです。帰らないとは限りません」

(ついていくのも手)


 お互いの思考が自然と流れ込んでくるが、事前の協定通りに無視する。


「トールさんが抱える不安はまだ解消されたとは言い難い状況です」

(トールさんの好みの髪形にしたり、服装も少し変えてみたりしましたが、トールさんの不安を思うと私、重かったのでは……?)

「そうですね。最近、魔機車の運転を覚えるように言ってこないので鎌をかけてはみましたが、いまでも私たちに魔機車の運転を覚えてほしいようですから」

(ご自分が消えても私たちが困らないようにいろいろと配慮してくれる優しさには感謝しますが、何時でも切り捨てられるように保険を作っているとも言い換えられて複雑なんですよね)


 二人一緒に押し黙る。


(ついていっても、トールさんの生活基盤を脅かすだけでしょう? メーリィ、かなり重い女です)

(ユーフィの帰したくないという考えは傲慢です)


 沈黙の部屋で思考共有で互いの考えを真向否定し、にらみ合う。


(事前の取り決めを忘れていました)

(こちらもつい熱くなりました)


 頭を下げあっても、互いの心の内は晴れない。


「正直に言って、私たちは重い女だと思います。メーリィ、異論は?」

「挟む余地がありませんが、本当にその話を進めますか? 決定的に壊れますよ」


 何が壊れるのかは言わない。

 お互い、すでに何度も頭をよぎってしまったがためにここ数日、喧嘩状態なのだから。

 覚悟を決めた顔で見つめあい、ユーフィが口火を切った。


「第一に、私たちは……」

(トールさんが好きです)

「そこで思考に逃げますか」


 ツッコミを入れるメーリィも顔が赤い。

 気を取り直して話を続ける。


「しかしながら、トールさんのいた日本は一夫一妻制の国です。つまり、帰還を選ばれた場合、私たちは片方しか結ばれません」


 ピリリと空気が張り詰める。


「ユーフィ、逃げてはいけません」


 苦しそうにメーリィが指摘する。

 視線を逸らすユーフィに、メーリィは続けた。


「大前提として、この……」

(恋心が)

「どちらのモノか、あるいは両方のモノなのかをはっきりさせるべきです」

「メーリィも思考に逃げましたね」

「……どちらだと思いますか?」


 ユーフィの野次を無視してメーリィは問いかける。

 思考共有で常に互いの考えを読み取っているが故に、自らの抱く恋心の持ち主がはっきりしない。

 感情という曖昧なそれを共有してしまっているからこそ、複雑な三角関係になってしまっていた。

 トールは今ごろ、自室でのほほんとごろ寝している頃だ。悩んでいるのは自分たちだけである。

 互いを睨む。

 目の前の姉妹は恋敵なのか。


「問題がありますね、もうひとつ」


 ユーフィがため息交じりに告げる。


「どちらかだけの恋心であるとして、残された方は共有されてしまっている恋心で嫉妬してしまうでしょう」

「容易に想像がつきますね」


 メーリィも同意し、ため息をつく。


「思えば、今まで欲しいモノは共有してきましたね」

「えぇ、姉妹喧嘩をすること自体が初めてで、何とも妙な気分です」

「鏡を相手にしているのとあまり変わりませんからね」

「ですが、体は二つ、人格も二つ、心も二つ。トールさんを好きになったのはどちらが先だったのか、いまとなってはわかりません」


 指先で机を軽く叩く。

 双子自身、戸惑っていた。

 自他ともに認める仲良し姉妹の自分たちがまさか一人の男を取り合って喧嘩をすることになろうとは夢にも思わなかったのだ。


「建設的な意見があります」

(トールさんを諦める、それも、そろって)

「他の女性と付き合う姿を思い浮かべるのをやめてください。不愉快です」

(我ながらこんなに独占欲が強いとは思いませんでした)

「無理ですね。別れさせる方向で全力を尽くす私たちが想像できます」

「やはり、私たちは重いのでしょうね」


 メーリィも認め、重い姉妹は空気をさらに重くしつつ、頭を悩ませる。


(いっそ、自分一人だったなら)


 それがどちらの思考だったのかは分からない。

 それほどまでに自然に、ほぼ無意識に近い感覚での思考だった。

 空気が張り詰め、重く、鬱々としていく。


 机の中央には眠気覚ましに入れた紅茶が入ったポットがある。

 陶器の、頑丈な、ポットがある。

 どちらともなく手が伸びる。

 腕が伸び切り、上半身が傾き、机の中央へと手が伸びていく。

 互いの手が中央に到達し、二人は机に突っ伏した。


「不毛です」

「よくない兆候です」


 二人は顔を見合わせ、体を起こす。


「ひとまず、エガラ・ストフィの手記についてトールさんに話してしまいましょう」

「トールさんの選択はわかりませんが、太陽聖教会については情報共有をしないといけません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る