第11話  カルト宗教

 発端はダンジョンだった。


 いかなる現象なのか、自然災害なのか人為的なものなのかも分からないまま、我々人類は未知の生物、のちに魔物と呼称されるそれらの生物に蹂躙され、各都市の連絡網が寸断されてしまった。


 以前から騒がれていた食糧危機は一瞬で表面化し、各地で飢饉が発生、魔物やダンジョンが敵性国家による攻撃であると判断し、戦争に乗り出す国家も出てきた。


 そんな状況下で、私は生物学者として魔物の生態を調べるよう国に依頼され――君に出会った。

 齢四百年の吸血鬼にしてデイウォーカー、ヴィー。

 君が私にもたらした情報は世界に衝撃を与えた。


 ダンジョンとは、異なる世界同士が衝突した結果、その衝突点が癒合した結果生まれること。

 故に行き来ができるようになり、異世界から渡ってきたのが魔物であること。


 そして、ダンジョンの数、世界同士の衝突点は今後も緩やかに増えていき、最後にはどちらかの世界が飲み込まれてしまうこと。

 飲み込まれた世界はその衝撃により消滅する。

 ヴィーがいた世界は飲み込まれるため、こちらの世界に避難してきたことも。


 そして、私たちの世界もまた、近い将来、別の世界に飲み込まれることも――


―――――――――――――――――――――――――――――――


 アセチレンランプの原料を前に、トールは両手で炭をつまんだ。


「どういう構造なんだ、この電気炉って?」


 エンチャントを発動して炭に電気を流す。表面が魔力で覆われ、赤雷が発生し、円筒形の簡易電気炉の中へと通電していく。


「簡単に説明すると、壺型に加工した炭の周囲をセメントで固めた筒です」

「そんな単純なのか?」


 電気炉と聞いてもっとハイテクな代物を想像していたトールが驚くと、ユーフィとメーリィは苦笑した。


「電力、電圧のコントロールを含めて全部トールさんにお任せしているので単純な構造にできるだけです」

「本来、炭化カルシウムの工業生産なんて、水力発電所が必要ですよ?」


 呆れ半分、感心半分の視線を向けられても、トールの感覚では座ってただエンチャントを発動しているだけだ。それなりに魔力消費はあるが、ほぼ無意識で行える作業のため暇で仕方がない。


「そういえば、俺が遺跡から持ち帰った資料の解読は進んでいるのか?」

「はい。ただ一件、癖字がすごいものがあって難航しています」

「字が汚い奴っていつの時代でもいるんだな」


 旧文明人に親近感を持って笑うトールに対し、ユーフィが首を横に振る。


「なんというか、別の文字に似せた結果のような、凄く中途半端な癖字なんです。わざと読みにくくして、けれどだれか特定の人に読んでもらえればという期待感もあって……そんな文字です」

「手紙なのか?」

「手記のようです。それも、太陽聖教会の創始者の手記ですね。おそらく、ですけど」

「……かなりの重要文献じゃないか?」


 トールは眉をひそめて、周囲の気配を探る。

 広い空き地だけあって会話を聞き取れるような場所には誰もいないが、俯瞰のミッツィのようなエンチャント持ちがいないとも限らない。不審なものはなさそうだと安心して、トールは続ける。


「どれくらい解読できた?」

「まだほんの最初の方です。全て解読できたらお知らせしますね」

「頼む。もしかすると、ストフィ・シティの安全な歩き方とかが書いてあるかもしれないし」


 話している内に加熱が終わったらしく、軍手をはめたメーリィが金属製のトングで電気炉の蓋を持ち上げた。


「できてるか?」

「多分、できていると思います。少し冷ましましょうか」

「トールさん、実際に加熱してみて、魔力の消費はどうですか?」

「全体の一パーセント未満かな。負担になるほどではない」

「分かりました。この調子でどんどん作ってしまいましょう」


 材料はたっぷりありますので、とユーフィが生石灰や炭を見せる。


「どれくらい作るんだ?」

「ひとまずトールさん分がこちら」


 インク壺を代用しているらしい保存容器を見せられる。


「電気炉で何回分?」

「二回分です。これだけあればストフィ・シティの探索で足りなくなることもないでしょう」

「他の冒険者に売るのなら、今日は一日、電気炉の前に張り付くことになりそうだな」

「私たちと丸一日一緒にいられるんですよ。役得ですね!」

「お互いにな」


 ユーフィが電気炉の中から黄色味がかった白い粉を取り出して、容器の中に入れる。

 少量を小皿に取り分けると、ガラス製の漏斗を逆さにして蓋代わりにし、水を滴下する。


「トールさん、どうぞ」

「おう」


 合図をされて、トールは赤雷を漏斗の先端に軽く放った。

 赤雷が漏斗の先端に到達した瞬間、ボッと音がして、明るい炎が灯る。


「結構な明るさだな」

「鉱山用のランプなどにも使われた品です。ランプの方はまだ発注元から届いていませんが、ガスの噴き出す量を調節すれば大きさも変えられますよ、この炎」

「中々いいな。野営の時に使っても雰囲気が出そうだ」

「そこは魔機灯を使いましょうよ、素直に」

「あえてこの炎で灯りを取るのがいいんじゃないか。雰囲気作りだよ」


 魔機灯はキャンプっぽさが足りないと思っていたトールはアセチレンの火を気に入り、電気炉を見た。


「よし、張り切っていこうか」

「変なところで子供っぽいですね、トールさんは」


 苦笑しつつ、新たな材料を電気炉に入れたユーフィは蓋を閉めてトールに合図する。

 再びエンチャントを発動しながら、トールは二人を見た。


「勇者パーティや他の冒険者の動きはどうなってるんだ?」

「勇者パーティは情報管理が徹底していて詳しいことはわかりませんでした。目撃情報などを総合すると、浅い階層は飛ばして深層、大聖堂を目指しているようです。太陽聖教会から大まかに内部構造を聞いているんだと思います」

「制御施設がどこにあるかは知らないって口ぶりだったから、情報量は俺たちと大差がないんだろうな」


 トールたちはエミライアから大まかな情報を得ているが、潜ってみた感覚ではエミライアが忍び込んだ時とは施設の位置などに変更が加えられている印象だった。


「他の冒険者たちですが、かなり苦戦しています。ですが、流石はBランク以上だけあって引き際は心得ているようで、死者は出ていません」

「トールさん同様、勇者パーティも他の冒険者さんも明暗の切り替えに苦慮しているようです。松明を掲げて乗り込む冒険者もいますが、ガスなどで爆発するそうです」

「あぁ、赤雷が当たると派手に爆発する魔機獣がいると思ったら、ガスが詰まってるのか」


 鎖戦輪で巻き取って魔機獣の集団や邪魔な建物を爆破する手りゅう弾代わりにしていた魔機獣の正体に気付いて納得する。


「使いようによっては便利なんだよ、あの魔機獣。遠目にファライが同じように処理しているのを見た」

「ギルドでの聞き込みでは厄介者ナンバーワンの魔機獣なんですけど……」

「相性とかあるからな。それにしても、難航してるな」


 話を聞く限り、他の冒険者たちも大聖堂にたどり着けていない。

 それどころか、大聖堂が存在する最深層に足を踏み入れた者がいないようだ。

 メーリィが水筒に入れてきた果実水をコップに注ぎながら、トールに問いかける。


「何層になっているんですか?」

「見た感じでは、上層、中層、下層、深層、最深層だな。下層までは降りたが、下層は迷路みたいに複雑で、マッピングしながら進んでる。本格的に、侵入者を阻む作りだ」

「壁を破壊したりは?」

「もちろんやってる。魔機獣が修復しに来るし、向こうも壁が破壊されるのは織り込み済みらしくてな、魔機獣が待ち伏せていたりする」

「殺意の塊みたいな遺跡ですね」

「吸血鬼を何としても殺したいんだろうな」


 なぜそこまで殺意を持っているのかは分からないが、旧文明時代には戦争寸前にまでなったというくらいだ。何らかの事情があるのだろう。

 始教典を奪取するという目的が変わらないためトールは気にしないことにしていた。

 しかし、ユーフィとメーリィは何か思うところがあるらしく、難しい顔で考え込む。


「どうかしたのか?」

「……太陽聖教会はカルト宗教らしいんです」

「カルト宗教? どういうことだ?」


 あまり穏やかではない単語に、トールは眉を寄せる。

 トールの問いに、双子は人目をはばかる様に声を小さくした。


「そういう噂があります。気になって調べてみたんですが、凄く特殊な宗教のようで、例えば教主を含めて信者も組織も実態が不明なんです」

「他にも、教主直下に元犯罪者の組織があり、結界のない環境での農耕を主とした村を作っているとの話があります」

「更生施設か?」

「いえ、表向きは対吸血鬼用の実戦部隊、実態は意に沿わない信者を処刑するための組織とのことなのですが、先ほど言ったように信者の実態が不明です」


 ずいぶんとあやふやな話に、トールは困った顔をする。


「うーん、全く分からない」

「はい、全く分からないんですよ。教義すら吸血鬼や獣人、魔物に抵抗するというもので、宗教というよりも冒険者クランや秘密結社に近いです。事実、先ほど言った元犯罪者の集団が冒険者登録しているとの話もあります」

「その元犯罪者の冒険者っていうのは誰だ?」

「そこも不明なんです」


 ユーフィとメーリィは雲を掴むような手応えのなさを感じているらしく、不満そうな顔をしている。


「まだ調べ始めたばかりなので断定はできませんが、私たちは太陽聖教会そのものの存在を疑い始めています」

「ちょっと待て、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。勇者こと、光剣のカランは太陽聖教会の現教主の孫って話……あっ」

「――気付きましたか?」


 メーリィに問われ、トールは頭に浮かんだ仮説を半信半疑ながら口にする。


「何で、結界維持で隠れ里から出られないエミライアが対抗組織の正体不明の現教主の孫のことなんて知ってるんだ?」

「はい。そこです」

「長年敵対していたからこそ、相手組織の実態を掴んでいるという可能性もありますが……」

「ともあれ、私たちはこの件をもう少し調べてみます」

「トールさんは光剣のカランに注意してください」


 双子は真剣な顔で注意を促す。

 まだ情報が出そろわないものの、この依頼には何か裏がありそうだとトールも気を引き締めた。

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