第10話  寂れた町カーラル

 永遠の命を持つ君が、いつの日か、この手記を手にすることを祈って記す。

 私はエガラ・ストフィ。生物学者だ。

 とある因果で――君のことだから、この言い回しに笑うだろうが――太陽聖教会の教主、創始者となってしまった。

 この手記にはこの因果についても記すつもりだ。むしろ、主に因果について書くのだが、主題にはしていないと明言しておきたい。

 私は、言い訳をするためにこの手記を書いているわけではないのだから。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 カーラルはさびれた町という印象がぬぐえないが、人が住む以上は店もある。

 街道からは大きく外れ、すぐそばにはほぼ遺跡から出てこないとはいえAランク魔機獣の群れが巣食う環境から、とにかく物が高い。


 しかし、現在のカーラルは冒険者が大勢押しかけ、さらには序列持ちが五組も滞在しており、その戦力たるやAランク魔機獣が巣食うストフィ・シティを凌駕している。

 冒険者を当て込んで様々な物資が運び込まれ、ストフィ・シティの魔機獣の素材などが大量に市場に流れており、空前絶後の好景気となっていた。


「――というわけで、甘味なども安くなっています」


 メーリィがチーズケーキに目を輝かせつつ説明してくれた。


 場所は喫茶店。さすがの冒険者たちもAランク魔機獣がたむろする遺跡の隣で酒を飲むのは躊躇われ、喫茶店は賑わっていた。

 炭酸が普及したことで生まれた新種のお菓子、果物入りのパウンドケーキを味わいながら、ユーフィが頬を押さえる。


「ふわふわして美味しいですね。柑橘系の果物の皮の酸味と清涼感もなかなか」


 トールはハチミツの入った穏やかな甘みのケーキを味わい、濃い目の麦茶を飲む。

 ケーキの表面にかけられたカラメルソースのおかげで甘すぎないケーキは好みの味だった。

 喫茶店内にはトールたちと同じように菓子や麦茶、紅茶を楽しむ冒険者もちらほらと見受けられる。

 すり潰したリンゴが混ぜられたチーズケーキの甘さに嬉しそうな顔をしているユーフィがトールに声をかけた。


「ランプの発注も済みましたから、帰ったら早速炭化カルシウムを作りましょう」

「あぁ、魔機車を停めている空き地を使わせてもらうよう掛け合ったんだよな。どうだった?」

「使っていないので好きにしていいそうですよ」

「電気炉は?」

「電力はトールさん頼りですが、他は出来上がっています。温度が上がりきるかは心配ですけど」


 ある意味、人力であるため温度の見立てができないでいるらしい。


「時間はかかるが鉄を溶かそうと思えば溶かせるし、やってみればわかるだろ」


 材料が宿に届くまでの間、こうして三人で散歩しつつカーラルの町を見て回っているわけだが、何しろ寂れた町だ。入れる店もそう多くはない。


「……トールさん、周りの冒険者さんたちに気を使わせていそうで長居したくないのはわかりますが、私たちの方をもっと見るべきだと思います」

「おぉ、悪い。そういえば、髪を切ったみたいだけど、自分で切るのか? それとも互いに切るのか?」

「この流れで持ち出すとは、策士ですね」


 策など何もなく、言い出すタイミングを計っていただけだったのだが、双子は機嫌をよくして果汁入り炭酸水を一口。


「主観でも客観でも髪を切るくらいはできますが、いつもは切ってもらっていますね」

「トールさんの髪も切ってあげましょうか? 私たち好みにしちゃいますけど」


 二人揃って人差し指と中指でハサミの形を作り、閉じたり開いたりして見せる。

 トールは前髪をつまんで長さを測った。


「まだいいや。邪魔になったら適当に自分で切るし」

「ここは私たちに甘えてみる場面だと思います!」

「毛先をちょっと尖らせてワイルドに跳ねさせましょう」

「人の髪で遊ぶなよ」


 注意しつつハチミツケーキを食べきって麦茶で一息つき、双子が食べ終わるのを待つ。

 双子も混んできた店に遠慮して早めに食べ終えて、三人で席を立った。

 宿までの道を遠回りしながら、のんびり歩き始める。


「トールさん、前々から気になっていたことがあります、ひとつ」


 ユーフィが正面を向いたまま、トールの袖をちょいとつまんで引いた。


「なんだ?」

「トールさん、地球にご家族は?」


 意外な質問に、トールは空を見上げる。


「……そういえば、話してなかったな」

「こちらの世界に来た時、一人暮らしの家の玄関を出たら、と言っていました」


 メーリィがトールに目を向ける。


「当時のトールさんは未成年。親の庇護下にある年齢では?」

「よく覚えてたな」


 もうずいぶんと昔のことのように思えたが、振り返ってみれば双子と関わってまだ数か月だ。覚えていてもおかしくはない。

 トールは九年以上前の記憶を掘り起こす。


「両親が事故で死んだんだ。俺が中学卒業する直前だったかな。もう高校も決まってて、親族の話し合いの結果、高校生なら自立もできるだろってそのまま一軒家に一人暮らしだ」

「意外なところに私たちとの共通点がありましたね」

「あんまり嬉しくない共通点だけどな」


 三人揃って苦笑する。

 通行人もまばらな道を歩きながら、ユーフィが質問を重ねた。


「地球に恋人はいないと聞きましたけど、過去にもいたことはないんですか?」

「ないなぁ。地球では少し運動ができるってだけの中学生、高校生だったから。告られたこともない」

「意外ですね……」

「そんなに遊んでいる風に見えるか?」

「ブイブイ言わせているかと思いました」

「死語だぞ、それ」

「そんな、ばかな……」

「そんなにショック受ける?」

「ブイブイ、気に入ってたんですよ。響きとか!」


 ユーフィが両手でVサインを作ってトールの目の前に持ってくる。先ほどの喫茶店のハサミの形と変わらない。

 両手のVサインを見つめて不満そうな顔をしているユーフィに苦笑していると、逆サイドの袖を引っ張られた。


「どうした、メーリィ?」

「最近、魔機車の運転の練習をするように言わないですよね?」

「遺跡から持ち帰った資料の翻訳とか研究で忙しいだろ? 練習したいなら付き合うけど」

「……いえ、ただの確認です。練習はこの依頼が終わってからにしましょう」


 何か言いたいことを呑み込んだような気配がして、トールが声をかけようとしたとき、ユーフィがトールの袖を引いた。


「好きな女性のタイプについて、三から五項目でまとめてください」


 メーリィが何を言いかけたのかは気になったが、明らかに助け船を出すようなタイミングでの質問に、トールは言葉を飲み込んだ。


「なんでそんなこと聞きたがるんだ?」

「察せよ、さらば与えられん」


 ユーフィが両掌を上に向けてトールに差し出す。


「なに、好みのタイプに寄せようってこと? そのままでいいぞ?」

「なるほど。確かにモテてなかったようですね」


 うんうん、と納得した様子のメーリィに、トールは驚く。


「え、いまの回答って駄目なの?」

「それで、どんな女性が好みですか?」

「うーん……考えたことないなぁ」

「逃げは許しません。考えてください。ほら、私を見て特徴を言うだけです」

「ぐいぐい来るな」


 トールは苦笑して、左右にいる双子の頭に手を置いた。


「特にないよ。しいて言うなら、頼ってくれれば嬉しいな」

「服装とかは?」

「まだ続くのかよ。服装か。……浴衣かなぁ。うなじが見えるのがいいよな」


 トールが正直に答えると、ユーフィとメーリィは眉をひそめた。


「うなじフェチ……オーソドックスすぎて面白くないですね」

「俺の回答に何を求めてるんだ? そういう二人はどうなんだよ」

「ハッランだけはないな、という気持ちはありましたが、具体的にはありませんでしたね」

「同じじゃねぇか」

「話が合う異性がそもそもいませんでしたから。私たちが落ち物の本を読んだりするうちに周囲とのずれができているのは感じていましたし……」

「傲慢に聞こえるかもしれませんが、知識量などを考えると一方的な関係にしかならないと思っていました」

「あぁ、ちょっと想像できる」


 双子の知識量やそれを背景にした行動力はこの世界でも異質だ。

 彼女たちの場合、頼られることはあっても頼れる相手は望めなかっただろう。


「トールさんは私たちには取りえない解決策でフラーレタリアでの問題を解決してくれました」

「ファンガーロではアルミニウムの情報を持ち帰ってくれました」

「頼りにしていますよ、トールさん」

「おう、ありがとう。俺も二人のことは頼りにしてるよ」

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