第12話  遺跡探索

 生物学者としての私の見解を述べよう。


 まず、この世界の既存の動植物のいくつかは絶滅の危機にある。そして、その中には私たち人類が含まれている。

 だが、私はヴィーの存在に光明を見出した。


 彼女は私に多くのことを教えてくれた。魔物の生態について、こんなにも早くまとめ上げることができたのは彼女の知識あってこそだ。


 自惚れでなければ、私からも彼女に多くのことを教えたと思う。

 この世界と異世界の動植物のいくつかは交配が可能であることも分かった。これにより、すでに新種と呼べるような生物がいくつか誕生していることだろう。

 私たち人類はヴィーをはじめとした吸血鬼はもちろん、獣人、エルフなどと協力関係を結び、魔物に対処すべきだと、当時から私は考えていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 ストフィ・シティ中層の住居の中で、トールは持ち込んだ糧食のクッキーを齧る。


「やっぱり、魔力で探知されてるんだな」


 アセチレンランプの光が闇を払い、家具のない殺風景なリビングを照らし出している。

 魔機獣は多くの場合、魔力を探知して襲ってくる。


 魔機灯にすら反応するのは珍しいがストフィ・シティの魔機獣が魔力で侵入者を感知しているのならと、闇に閉ざされてすぐにトールはエンチャントを切って潜み、この住居に入ってアセチレンランプを灯したのだ。


 明暗が切り替わるのをのんびり待ちながらも、耳を澄ませる。

 音や匂い、熱を感知して襲ってくる魔機獣も存在するため、気を抜くことはできない。

 遠くで戦闘音が聞こえる。爆発の振動で床が揺れた。


「ふぅ……」


 水を飲んで一息つく。

 ストフィ・シティの攻略は難航しているが、それでも冒険者たちが持ち帰った情報を総合した結果、判明していることもある。


 上層階から最深層まで所々に住居と思しき建物が存在し、その中は魔機獣がいないこと。

 住居はとある屋敷を除いて魔機獣の勢力圏であり、感知されれば当然襲われる。

 トールが見つけた魔機獣が入ってこない屋敷の情報はギルドに入れてあるが、辿り着いたのは発見者のトールを除くと勇者パーティのみだ。


 各階層には魔機獣が休息をとる牧場や厩舎らしきものも点在している。

 各階層を繋ぐのは二つのスロープのみ。どちらも魔機獣が重点的に警戒しているほか、タレットも多数配置されている。


 当然ながら、住居には罠が置かれていない。しかし、路上や壁面には狩猟用の見慣れた罠や対吸血鬼用と思しき太陽光を発するエンチャントが発動する罠など様々なものが仕掛けられている。

 今のようにストフィ・シティ全体が闇に閉ざされている間に専用の工作用魔機が罠の配置を変えたり、修繕したりもしているらしく、行きが安全だった場所でも帰りに罠が仕掛けられていることがざらにあった。


「どう考えても、人が住む環境じゃないよなぁ」


 罠が張られるようになったのがいつのことかはわからないが、都市全体に作用する明暗の切り替え魔法サンルームだけでも住環境としては最悪の部類だ。

 何かの切っ掛けがあったのか。


「この手のことを考えるのは双子の方が得意なんだけど」


 あいつらどうしてるかな、とぼんやり考える。

 アセチレンランプの販売がてら冒険者の情報や太陽聖教会について調べているはずだ。


 壁に背中を預け、外の気配を探る。

 ふと、窓から光が差し込んだ。

 明暗の切り替えが入り、外が明るくなったのだ。

 トールはアセチレンランプの灯を吹き消し、中のガスを逃がした。


「よっと」


 窓から外に飛び出し、鎖戦輪を向かい家のベランダに引っ掛け、磁力で自らを引き上げる。

 宙を飛び、屋根の上に着地したトールは回れ右して駆けだした。

 動体検知で飛んでくる弾丸をいなした直後、巨大な金属反応を正面奥に感じ取る。


「うげっ」


 急停止したトールは嫌なものを見た、と舌打ちした。


 体高二メートルはある熊の魔機獣が道を封鎖している。背中には二門の砲が取り付けられ、巨大な四肢には砲の衝撃に耐えるためのスプリングなどが見えていた。

 頭の左右には狙撃用と思しき銃身の長い折りたたみ式の銃が取り付けられている。

 そんな熊の魔機獣の頭、四肢の付け根、二門の砲が四方八方から飛んできた銃弾に貫かれる瞬間が見えた。


「――トール! いやいや、奇遇だね。この間はギルドに置いてけぼりにしてくれて、ひどいじゃないか。酷いよ。酷いとも!」

「ファライ……」


 面倒くさい奴に出くわした、とトールが渋面を作ると、ファライの後ろからやってきた金城のリーダー、ヴァンガが同じ顔をしていた。


「赤雷か。遺跡の中では会いたくなかったな」

「俺も、ファライとは会いたくなかったよ」

「トール、僕を見てよ! さっきの魔機獣の狩り方、どうだった?」


 ファライが魔機獣の死骸を指さしながら嬉々として尋ねてくる。


「相変わらず上手いもんだと思うよ」

「んんん! ありがとう!」


 噛みしめるようにトールの言葉に悶絶した後、ビッと親指を立ててくる。


 トールは魔機獣の死骸を横目に見る。

 事実として、ファライの銃撃は見事なものだった。


 頭部への銃撃は硬い頭蓋骨を避けて眼球から入っており、四肢の付け根への銃撃は頭部の攻撃を躱されても戦闘能力が大幅に落ちるよう衝撃吸収用のスプリングを破壊している。二門の砲への攻撃に至っては砲弾形成のために魔力を供給する機構を正確に撃ち抜いていた。


 勇者パーティが制御施設を破壊したという情報はない。つまり、ファライの銃撃について魔機獣は学習していたはずなのだ。

 それでも避けることも防ぐこともできずに急所を撃ち抜かれている。


 ヴァンガが建物の陰に声をかける。


「俯瞰、状況は?」

「下層へのスロープまで魔機獣の姿はない。周辺に冒険者は二組。Aランクパーティ」

「そうか。赤雷、依頼人への交渉は?」

「案の定、ダメだったよ。そっちは?」

「こちらも同様だ」

「……依頼人にはヴァンガが交渉したのか?」


 太陽聖教会には実体がないという双子の話を思い出してトールが質問をぶつけると、ヴァンガは俯瞰と一緒に出てきた光剣のカランを指さした。


「依頼人との話はカランが一手に引き受けている。俺たちを集めたのもカランだしな」

「ヴァンガたちは依頼人と直接会ってないのか?」

「たまにあるだろう。指名依頼が来たものの自分だけだときついから臨時で他の冒険者を雇うやつ。こういう時にクランがあれば便利なんだろうけどな」

「そういうことか」


 ヴァンガたちも依頼人とは会っていない。

 トールがカランを観察しようとすると、ファライが視界に割って入った。


「トール、無視しないでくれないかな? どうだろう。競争しないかい? これから下層に降りるまでに何匹の魔機獣を殺せるか、魔石の数で勝負。次の明暗切り替えが終了の合図。即座に下層で合流、どうかな? 良いと思わないかい? 思うだろう?」

「思わないな」

「ダメダメかぁ。決闘権の行使まで待つしかないかな」

「……決闘権、ファライが出るのかよ」


 この結果は想像できていたトールだが、それでもうんざりした顔でヴァンガを見る。

 ヴァンガは肩をすくめた。


「パーティ内だと単純な戦闘力ではファライが圧倒的なんだ。要人警護なら俺が出たんだが」


 俯瞰のミッツィが面倒くさそうな顔でファライを見る。


「……こいつ、性格さえまともなら序列ももっと上だと思うの。気に入った依頼しか受けない癖に、十九位とか何かの間違いだと思うの」


 トールはずっと黙ったままのカランに声をかける。


「リーダーはお前だろ。お前が出ないと依頼人が納得しないだろ」

「い、いえ……。目的はあくまで始教典なので、勝率が高い方が依頼人も納得しますから」

「――というわけだよ、トール! 楽しみだね!」

「決闘場所にあらかじめ罠を仕掛けんじゃねぇぞ、陰険野郎」

「え、ダメなのかい?」


 真顔で聞き返してくるファライに、トールは呆れの視線を送る。


「俯瞰、こいつを見張っといてくれ。それと、決闘権の規定をきっちり読み聞かせろ」

「こんなのの面倒を見るのは依頼に含まれていない。リーダーが面倒を見るべきだと思うの」

「待って、待ってくれよ、トール。僕だって決闘権の規定くらい理解しているよ。罠はオッケーだって。禍根が残らないよう正々堂々と全力を尽くし、勝敗に文句を付けない。事前準備も全力を尽くすものだろう?」

「カラン、もう、お前が出てこい。不戦敗したらお前も依頼人に顔向けできないだろ」

「ははは、よく、言い含めておきます……」

「僕がおかしいのかい!?」


 そんなはずないだろうと叫んだファライは一瞬鋭い目つきで後ろを振り返り、魔機銃を斜め上に向けて発砲した。

 建物を挟んだ向こうの通りまで忍び寄っていた魔機獣が倒れる音がする。

 ファライはトールに向き直った。


「僕はおかしくないよ!」

「俺、もう行くわ。こいつと話してもらちが明かないの知ってるし」

「トール待ってよ。一緒に下層に行こうよ」

「共闘はしない。じゃあな」


 ファライがまだ何か言っていたが、トールは赤雷を纏って早々にその場を離脱する。


「もう少し奥まで探索したら帰って、双子と駄弁るか」


 癒しを求めて呟いて、トールはスロープへ走った。

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