第19話  事業転換のお誘い

 夜が明け、トールは欠伸をしながら冒険者ギルドを訪れた。

 透明化のエンチャントで姿を隠したキリシュは防壁をくぐってすぐに自宅へ帰っていった。ピアムが心配だったのだろう。

 あのエンチャントがあるのなら、仮面を被って正体を隠す必要などなかったのでは、とトールは思ったが突っ込まないでおいた。


 ギルドに入るなり、勝利を祝って騒いでいた冒険者たちが途端に真剣な顔になって席を立ち、トールに頭を下げた。

 トール以外の誰一人、落陽へ攻撃が届かなかったのだ。トールがいなければクラムベローは壊滅していただろう。

 トールは頭を下げている冒険者たちを見回して、近くにいた冒険者になり立てらしい少年の頭を力任せに撫でる。


「魔石が大量に手に入ったから、お前らに酒を奢ってやる。しっかり飲んで、今日のみんなの勝利を誇れよ!」


 みんなの勝利とわざと強調してにやりと笑うと、歓声が巻き起こった。

 ギルドの床が揺れるほどの大音響に内心苦笑しつつ、トールは支部長室に向かう。


 支部長室には支部長とリスキナン・ベローが座っていた。

 歓声が聞こえていたのだろう、トールが部屋に入るとすぐ立ち上がって席を勧めてくる。


「ありがとうございます。赤雷がいなかったらと思うとゾッとしますよ」

「俺もあんなデカブツが空からくるとは思わなかった。反応が遅れてすまなかったな。被害は?」


 冒険者を取りまとめている支部長に尋ねると、書類を見ながら答えが返ってきた。


「軽傷が十二名、重傷が八名。狙撃型に防壁上を直接狙われてな。死者は今のところ出ていないが、意識不明者が二人いる」

「炭酸ポーションでの治療は?」

「行っている。おかげで軽傷者は下の階で酒を飲んでるよ」

「そうか。ほら、これが空から出てきた魔機獣の魔石だ。仮称には落陽を提案する」


 トールが魔石を机に置く。

 トールの経験上、魔石は人の拳サイズを超えないものだったが、落陽の魔石はサッカーボールほどもあった。

 しかし、トールが撃ち落とした際にコイルガンで射出した鉄杭の直撃を受けており大きな穴が開いている。


「今後の資料としてギルドで買い取ってくれ。部品の方は森中に散らばってる。頑張って探してくれよ」

「捜索依頼を出そう」


 支部長はそう言って、早速手配をするべく書類を準備し始める。

 トールはリスキナンを見た。


「顔を貸せ。理由はわかるだろ?」


 窓の外を顎で指して、トールは返事も聞かずに支部長室を後にする。

 後ろからリスキナンの足音がついてきた。

 ギルドを出てキリシュの家に歩いていると、リスキナンが横に並ぶ。


「吸血鬼に会わせてくれるんですね?」

「やっぱり、気付くよな」

「誰もが薄々気付いているでしょう。あの落陽という魔機獣はあまりにも異質でした」


 対吸血鬼用の魔機獣だけあって、太陽光を模したエンチャントなどを持つ落陽はクラムベローに吸血鬼がいる傍証となってしまっていた。

 トールは頷いて、説明する。


「吸血鬼の存在を秘匿し、それを機密として扱わせる。それが魔機獣戦に参加してもらう条件だったんだ」

「参加していたんですか?」

「俺と一緒に市外で戦闘していた」


 念のため尾行に注意しつつキリシュとピアムの家に到着する。

 トールは家の扉をノックした。


「リスキナン・ベローを連れてきた」

「いま開けますね」


 メーリィが扉を開け、トールたちを中に手招く。

 リビングにはユーフィとキリシュ、ピアム、そして縛り上げられた二人の冒険者がいた。

 リスキナンに気付いた二人組がほっとしたような顔をする。


「ボス、こいつら吸血鬼です!」

「――黙れ」


 冷たい声で二人組を制したリスキナンに、二人組が硬直する。

 リスキナンは二人組を冷たい目で一瞥し、キリシュとピアムを見た。


「クラムベローの吸血鬼はあなたがたですね?」

「僕だね。この子は昨日吸血鬼になったばかりだ。そこの馬鹿二人に負わされた傷を治すためにね」


 キリシュが答えて席を勧める。

 ピアムが緊張してカチコチになっていた。

 リスキナンもまた緊張の面持ちで、頭を下げる。


「部下が非常にご迷惑をおかけしました。また、都市防衛戦への参加とこれまでの強力な魔物討伐の貢献にクラムベローを代表して感謝いたします。お二人の正体については私の心のうちにとどめることをお約束いたします」


 交渉すらなく、リスキナンはキリシュたちの正体を機密として扱うことに同意した。

 キリシュは拍子抜けしたような顔でトールや双子を見る。

 ユーフィが目を細め、リスキナンを見つめた。


「お聞きしたいのですが、今後どうするおつもりですか、紺青作りは?」

「……続けたいと思っています」

「キリシュさんたちはクラムベローを出るつもりでいます。もしも紺青の製法が流出すれば、一連の事件がリスキナンさんたち『ブルーブラッド』によるものだと誰でも気づきます。今後も紺青作りを行うなら、キリシュさんたちをスケープゴートにはできませんよ」


 リスキナンは難しい顔をして深く頷く。


「もとより、吸血鬼に濡れ衣を着せるつもりはありません。今回、ご迷惑をおかけしたことといい、紺青作りに多大な問題点があることも理解しています」


 それでも、ラピスラズリの輸入量削減は達成しており、クラムベローが自給できる数少ない顔料としてどうしても製造はやめられないらしい。

 リスキナンが縛り上げられた冒険者に視線を移す。


「とはいえ、こういった輩までクランに巣食ってしまっているのは看過できません。しかも、今回の魔機獣の襲撃で魔物がクラムベロー周辺から減ってしまいました。かなり苦しいというのが本音です」


 ため息をついて、リスキナンはユーフィを見る。


「そういう事情ですので、紺青の在庫はあきらめていただきたい」


 そういえば、馬車で双子が紺青の在庫を全部寄越せと要求していたのをトールは思い出す。

 ユーフィとメーリィがにっこり笑った。


「諦めませんよ?」

「そもそも、諦めるのはリスキナンさんの方です」

「ラピスラズリ、ウルトラマリンに替わる紺青の生産に問題点があるのは認識しているご様子」

「でしたら、わたくしたちはさらなる代替品、新しい青色顔料、合成ウルトラマリンを提案する用意があります」

「――えっ?」


 リスキナンが思わず声を漏らす。

 ユーフィが笑みを浮かべたまま続ける。


「魔物や家畜の被害が出なくなったのは落陽で吸血鬼がいなくなってしまったからということでクラムベローの住人には納得していただいて、リスキナンさんたちは紺青から合成ウルトラマリンの製造に切り替えれば八方丸く収まります。どうですか?」

「ど、どうですかと言われましても、合成? 出来るんですか?」


 ウルトラマリンの原料、ラピスラズリは宝石だ。ウルトラマリンを合成すると聞けば、宝石を作り出すと言っているようにも聞こえる。

 ユーフィが軽い調子で頷いた。


「できますよ、合成。設備としては竈が必要です。材料についての詳細はひとまず伏せさせていただきます」

「紺青の在庫を全てと『デズラータム宗祭事書』を要求したのは……証拠の隠滅に協力するということですか?」

「駄目ですよ、せっかく触れないようにしているんですから」


 くすくすと双子が笑う。

 トールは知っている。この双子が、証拠隠滅にかこつけて欲しいモノを手に入れようとしているだけだと。

 挙句の果てにはクラムベローを取り仕切るベロー家に恩を着せようとしていることも。

 だが、トールは賢明だった。置物のように口を閉ざしていた。


 リスキナンは黙考し、トールをちらりと見る。


「……ポーカーフェイスですか。序列持ちともなると腹芸も得意と見える」


 双子に一任しているだけなんだよなぁ、と内心思いながらも、トールは素知らぬ顔をしていた。

 キリシュが笑いをこらえているのが気配でわかる。


 もとより、リスキナンは双子の提案を受け入れざるを得ない。


 モツ抜き事件そのものが表面化している以上、犯人が特定されれば紺青の評判はがた落ちする。

 魔機獣の襲来と落陽の登場は事件をうやむやに処理するのにはちょうどいいきっかけであり、この機を逃せば紺青生産から手を引くタイミングは訪れないだろう。

 しかも、提案者は序列持ちの仲間であり、炭酸ポーションの製造を行い、さらには魔石充填法を確立している才女の二人。この局面で嘘をつくとは思えない。


 リスキナンやクラムベローに損がない提案どころか、利益すらある提案なのだ。

 リスキナンは「はぁ」とため息を吐き出すと前髪をかき上げた。


「分かりました。ウルトラマリンの合成法を教えてください。お二人とトールさんの立会の元で実証実験を行い、結果によって紺青の在庫と『デズラータム宗祭事書』をお譲りしましょう」

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