第18話  落陽

 正体不明の空に浮かぶ球体の名前らしきものをつぶやくキリシュに、トールは質問する。


「落陽っていうのか、あれ?」

「対吸血鬼用の魔機獣だよ。現存しているとは思わなかった」

「対吸血鬼用……この光も太陽光か」


 じりじりと肌を焼くような強い日差しに眉をひそめる。

 こんな強烈な光を浴びせられては、吸血鬼も即死するだろう。夜襲をかけてきたのは吸血鬼であるキリシュを外におびき出すためだったらしい。


「デイウォーカーでもこの日差しはちょっと苦しいね。しかも、あれを攻撃する手段がない」


 木陰すらも塗りつぶす強烈な光のせいで薄っすら汗をかきながら、キリシュが顔をしかめた。


 落陽は巨体ながら、高空に浮かんでいるため肉眼では小さく見える。さらにはまばゆく輝いているためその輪郭もあいまいで狙いをつけることすら難しい。

 防壁上の冒険者や衛兵たちが落陽に対して必死に魔法攻撃を行っているが、落陽の半分ほどの高度までしか届いていない。

 仮に魔法が届いても全体が金属でできている上に太陽光を発するエンチャントを全体に施している落陽へ有効打を与えられるほどの威力はないだろう。


 こればかりはキリシュもお手上げらしく、苦々しい顔で落陽を見上げている。

 落陽が太陽光を発し続ける限り、吸血鬼化したピアムは外に出ることができない。クラムベローから吸血鬼を出さないようにする役割も落陽にはあるのだろう。


 防壁上の人々が焦っているのが分かる。攻撃が届かない高空から一方的に攻撃を加えられる状況では士気崩壊するまで時間もないだろう。


「……キリシュさん、もし魔機獣が近づいてきたら排除を頼む」

「落陽を落とすつもりかい? 生半可な攻撃は通じない。避難を呼びかける方が得策だと思うけどね?」

「ピアムと一緒に心中か?」


 指摘すると、キリシュは頬を掻いた。


 落陽は対吸血鬼用の魔機獣だという。ならば、狙いは間違いなくキリシュとピアムだ。

 つまり、他の人間が逃げる隙はある。

 ちょうど、トールとキリシュが魔機獣を掃討したこの場所もあり、ベロー家が管理しているという地下道を使えば住人の避難だけなら可能かもしれない。

 そんな計画も、キリシュとピアムがクラムベローに残り、囮となるのが前提の話だ。


 トールはため息をついてポーチを漁る。


「この世界に来て十年目。愛着も何も持てなかったんだが、最近はちょっと前向きになってんだよ」

「何の話だい?」

「この世界が少し楽しくなってきたって話さ。特にこの十年目ときたら、トラブル続きで疲れるのなんのって……」


 苦笑しつつ、トールは双子を思い浮かべる。


「だが、どんなトラブルも結局はハッピーエンドで通してきてるんだ。汚点はいらない。悲劇は望んでない。だから、やるべきことは一つなんだよ」


 トールがポーチから取り出したのは鉄の杭だった。

 エンチャントを発動する。

 真昼のような明るさの中、なおも主張する赤い閃光が大気中に拡散する。

 目の細かい網のような赤雷は森を縦横無尽に駆け抜けた。

 森に転がる魔機獣の死骸が不可視の力に持ち上げられ、引き寄せられ、赤雷の中心へと集い始める。


 荒々しくも美麗な赤い雷は陽光に対して縄張りを主張するかのごとく、その存在感を増し始め、高空からまさに高みの見物を決めていた落陽へと牙を剥く。


 トールが鎖戦輪を構える。十枚の戦輪がその輪を落陽へと向け、まるで砲身のように一直線に並んだ。

 赤雷が暴れ狂い、魔機獣の死骸を磁力で引き寄せて砲身を補強し、延長していく。

 魔機獣の死骸で作り上げられた歪な砲身はその大電力で生身の部分を灰と化し、金属部分が残されて洗練されていく。

 機械部品が長大な砲身を成し、拡散する赤雷が砲身を包み込み、完成を祝うように幾重もの雷鳴が喝采する。


 キリシュが息を飲んで後退った。エンチャントを施している愛用のショートソードが莫大な魔力と磁力に呼応するように震えている。


 トールの赤雷は落陽に危機感を抱かせるのに十分だった。

 クラムベローに狙いを定めていた落陽が周辺に浮かべていた岩球を急遽トールに向け、撃ち出す。

 重力による加速も上乗せされたバスケットボール大の岩球が降ってきてもトールは顔色一つ変えなかった。


「――太陽もどきなら、潔く沈め」


 赤雷を帯びて赤く染まった鉄杭を鎖戦輪の輪の中に放り入れる。


 直後、赤い閃光が空を突き抜けた。

 赤い雷が地上から昇るように。

 閃光の直撃を受けた落陽が二度明滅し、支えを失ったように地上へと引き寄せられていく。


 トールが構えていた砲身が内部から破裂するように拡散し、岩球を弾き飛ばしていった。


 ばらばらと自壊を始めた落陽の機械部品が豪雨のように森へと降り始め、世界に夜の闇が戻った、その刹那――森が再び照らし出される。

 落陽の機械部品の豪雨と共に幾条もの赤い雷が森へと降り注いだのだ。


 落陽の登場で勢い付いていた魔機獣たちは象徴的な落陽を撃墜されたばかりか鉄と赤雷の嵐に晒され一斉に撤退を開始する。

 元が動物である魔機獣は自分たちの強さを自覚しているが故に、落陽を落としたトールが化け物に見えていた。


 トールは自壊した砲身の残骸を踏みつける。

 キリシュが震える声で問いかけた。


「即席の魔機銃、いや魔機砲かな?」

「いや原理的にはただの多段式コイルガンだ」


 砲身中で弾を磁力で引き寄せて銃口へと加速させて撃ち出すコイルガン。


 鎖戦輪と魔機獣の残骸で作り上げた砲身内部に強力な磁場を形成し、砲弾である鉄杭にも磁力を帯びさせて射出する。

 すべての電力と磁力をエンチャントで賄うため砲身が電気抵抗で焼け付くことすらないが、多大な魔力を消費する上に砲弾である鉄杭は重いため一本しか持ち歩いていない。文字通り、一回限りの奥の手である。


「吸血鬼でもこれなら殺せるだろうけど、使いたくなかったからキリシュさんが協力的で助かったよ」

「吸血鬼じゃなくても死ぬよ?」


 キリシュのツッコミは無視して、トールは鎖戦輪を構え、逃げる魔機獣たちに狙いを定める。


「さぁて、陽は沈み、雷雨の夜の到来だ。せっかくのいい天気だし、遊んで行けよ」


 降りしきる金属部品の豪雨と夜を引き裂く赤雷の中、どう猛な笑みを浮かべたトールは魔機獣の掃討を開始した。

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